「アヒルに見えるウサギに見える」の絵について2023年05月07日

アヒル/ウサギの絵(黒崎宏)
図1

「アヒルに見える/ウサギに見える」の絵について

プーチンやトランプのように白を黒と言い黒を白と平気で言うことを「節操がない」と日本語ではいう。 
しかし先日の岸田首相襲撃事件の犯人のように、自分が正しいと本当に思い込んで行動に移るというのは別の問題があるように思う。
日本の戦後の学校教育については「アヒルに見えるウサギに見える」の絵が小学校の教科書に載っていると何となく思い込んできた。即ち「自分にとって正しいものは他人にとっても正しいとは必ずしも限らない」ということを小さい時から教えていると思っていた。 どうもそれは思い込みだったようだと最近気づいた。「アヒルに見えるウサギに見える」の絵は(図1)であるとこれも勝手に思い込んでいた。単なる思い込みであったようだ。
(これらの絵は「だまし絵」としても扱われている。)

 そもそも「アヒルに見えるウサギに見える」の元絵を図1と思い込んでいたのは『ウィトゲンシュタインが見た世界』黒崎宏著に載っていたからである。ウィトゲンシュタインが引用して有名になったと言うジャストロー(1900年)の絵はこれだと思い込んでいた(図1)。
自分が読んだのは日本語版の『ウィトゲンシュタインの世界』黒崎宏著で、ヴィトゲンシュタインの原文は読んでいない。最近になって、岸田首相襲撃事件の犯人のことを思って調べていて初めてその間違いに気付いた。
 アヒル/ウサギの絵をインターネットで調べると図2のように様々あることに気付いた。 ほとんどがウィトゲンシュタインが引用したジャストローの絵(1900年)のデフォルメした絵のようだった。そのうち(D)がジャストローの元絵のようである。

様々な「アヒルに見えるウサギに見える」の絵

(図2) 
(A) ウィトゲンシュタインが見た世界(黒崎宏著) https://www.shin-yo-sha.co.jp/book/b456195.html 
(B) アスペクトの恒常性と脆さ(荒畑靖宏)https://www.seijo.ac.jp/graduate/gslit/orig/journal/europe/pdf/seur-032-01.pdf 
(C) ウィトゲンシュタインと反復の思想(清野正義) https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/record/2001743/files/4708.pdf 
(D) Joseph Jastrow(Wikipedia) https://en.wikipedia.org/wiki/Joseph_Jastrow  
(E) 【心理テスト】何が最初に見えた?・・ https://shinri.site/archives/17869 
(F) アヒルに見える? ・・フェイクニュースに騙されやすいか」わかる錯視テストに衝撃!(TOKANA) https://tocana.jp/2018/03/post_16400_entry_2.html 


 若い頃(15-39才のいわゆるAYA世代)は自分でも、正しいものは正しい、正義は誰にとっても正義だ、最後は必ず正義が勝つなどと信じていた。そしてそれが我を通すと反目になり喧嘩にもつながり戦争に繋がることに気付いたのは年を経てからである。「自分にとって正しいものは他人にとっても正しい」と思い込むのはとんでもない間違いであることをジャストローの絵は教えている。ヴィトゲンシュタインはジャストローの絵を引用してそれを言いたかったのだろうと思っている。ましてや宗教やイデオロギーはそれ自体が前提であるが故に邪悪も正義もその上に成り立っているから押し付ければ果ては殺し合いになり戦争にもなる。
 図3の黒崎宏の「段の絵」はその見ている人の心象風景が無限大であることを示している。世の中の一人ひとり皆受け取り方は違うのである。
段の絵(黒崎宏)
  
(図3) 

 上記の清野正義によれば、ヴィトゲンシュタインの哲学はアスペクト論でありアスペクトは「見方」を言うという。アスペクト盲とは「同じものが違って見えるという認識や経験が出来ない」ということで同じものが違って見えることは分かっていても良いという。清野のアスペクト盲は野矢茂樹のいう単相状態であろうと言う。「同じだーそしてにもかかわらず同じでない」と言う驚きのヴィトゲンシュタインの表現を「反復」というという。
 哲学的な思索については分からないが、あるものを見て様々な見方がある中で「この切り口で見た場合」と前提を置いた上での意見や実行をすることは日常的に頻繁にあることである。
 「見方」は「切り口」ともいえるし、「同じだーそしてにもかかわらず同じでない」と言うのは、眼底に映ったものを脳の視覚野で処理するので一人ひとり違う心象風景があるのは当たり前とも思う。
 そういう意味では殆どのヒトはアスペクト盲ではないと思う。そして岸田首相襲撃者はアスペクト盲かもしれない。自分を振り返ってみると若い頃はアスペクト盲であったと振り返ってみてそう思う。