新型コロナの、空気感染・エアゾル感染・マイクロ飛沫感染? 言葉の定義を巡って2020年11月18日

新型コロナの、空気感染・エアゾル感染・マイクロ飛沫感染? 言葉の定義を巡って

 昨年末から新型コロナが流行してきて従来の「飛沫核感染(=空気感染)」という用語を避けるようにそれに代わって「エアゾル感染」や「マイクロ飛沫感染」という用語がマスコミ等で頻繁に使われるようになった。専門用語ではないが何となくそのイメージがし易く便利な言葉である。しかし専門用語である「飛沫核感染」の定義との比較から捉えると曖昧さの幅が異常に広すぎて無責任な用語でもある。
 皆が臆病になって敢えてこの問題を取り上げようとしない中で、とうとう言い出した専門家が出てきた。下記である。

新型コロナは"空気感染"です(仙台医療センター・西村秀一氏 第61回日本臨床ウイルス学会2020年10月)https://medical-tribune.co.jp/news/2020/1106533287/?utm_source=mail&utm_medium=recent&utm_campaign=mailmag201107&mkt_tok=eyJpIjoiTTJRek5qRXhOVGN4Wm1NNCIsInQiOiJIUWpvcmlOUEY2Q1BtbW9nMWVOWkdLN1UweGhveW85TjhTbUhkQlMxWWUyUnROZVpsQ21EUFQydTZtOVFGQVRsanBQZGEwUGVOdjdIV1wvbXIzMkpHZTRiVWFOalVkOURlYWZwK0d0dGRZVjdjYWVhdGNpSWdXdTIrTVhaSitkdEMifQ%3D%3D
 しかしこれは従来の飛沫核感染=空気感染(5μ径以下)と同じと捉えられるとこれまた迷惑な話でより混乱も引き起こしかねない新たな問題が出てくる。だからこそWHOもCDCも逡巡してきたものと思う、言い換えれば彼らも従来の既成概念から抜け出せなかったということでもある。この指摘は新型コロナ流行初期よりあった、オーストラリアより”世界は空気感染の事実に向き合うべきだ”と(https://doi.org/10.1016/j.envint.2020.105730 Airborne transmission of SARS-CoV-2: The world should face the reality(2020年6月))。
 この問題はかつてのSARSの時に既に俎上にあったが、なぜか世界の政策担当者は公言するのを逡巡した。そして未だに逡巡している実態を考えてみた。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は従来の典型的な空気感染である結核とはその実態も対策も大きく違う。結核排菌患者は隔離病棟等の空間的な完全隔離を目指す。従来から空気感染するとされる結核・麻疹・水痘の3つは細菌かウイルスかの違い・対策の違いはあれども基本的には同室空気自体が回避され完全隔離がその対策の基本である。そしてその対策の個々の違いとは、水痘は殆どの人が既感染なので白血病治療中等の特殊な免疫不全状態の疾患相手以外は隔離されないし麻疹は有効なワクチンがありかつ世界は撲滅を目指している。結核は撲滅には程遠いが有効な治療薬があり細菌を完全にブロックするマスク(N95マスク等)もある。同じ空気感染力がありながら対策はそれぞれ異なるが「同室空気自体の回避を目指す」という点ではこの3つは同じである。
 そしてウイルスは完全に防ぐマスクがない。細菌とウイルスの違いである。勿論現実的にはウイルス減少効果はあるので使わないより使った方が良いのは言うまでもない。
 結核の場合は典型的空気感染でありその患者はサージカルマスクで十分とされる一方その介護医療者はN95マスクが必要とされている。細菌ゆえに理論上N95マスクで医療者を完全防御できる。
 一方、ウイルスは理論上はN95マスクでも完全防御は出来ない。しかしここで机上論と現場実態論の違いが出てきて、ウイルスは一匹や2匹で発病はしないという実態があるために、現実的な対応策が立てられる余地が生まれる。その余地をどこまで広げるかによって様々な議論が百家争鳴する。
 新型コロナウイルスの場合は患者がつける場合は布マスクでもサージカルマスクでもウイルス放出効果は違わないという結果が最近出た(https://doi.org/10.1128/MSPHERE.00637-20)。この論文では患者の場合は布マスクで十分という結果である。一方新型コロナウイルスを吸い込まないようにする目的で健康者が付ける場合は布マスク<サージカルマスク<N95マスクと防御効果が高くなるがN95マスクでも21%のウイルスはブロックできないという結果だ。このブロックする割合は論文によって異なるが防御機能の順は同じである(下記資料)。従って危険な暴露環境でのマスク使用なのか安全に近い暴露環境での使用なのかで有効なマスクの選定は違ってくる。
 新型コロナ感染症(COVID-19)が発生して以来、空気感染という言葉がタブーのように使われず代わりに「マイクロ飛沫」あるいは「エアゾル」という中途半端な言葉が当たり前のように使われてきていた。確かに従来の結核・麻疹・水痘の空気感染の概念とは上述の通り違う。この3者は患者部屋の空気の共有そのものを回避すべく完全隔離という従来の空気感染対策の概念である。このクラシカルな概念とは違うので社会が過剰反応でパニックを起こさないように、エアゾルやマイクロ飛沫という言葉が頻用されるようになったものと思われる。
 新型コロナにおいては条件が重なれば空気感染も起こり得るという前提のもとでの概念の「準空気感染」である。日本流にいえば3密下の空気感染、WHO流に言えば3C下での空気感染とでも言えようか。あるいは「エアゾル感染」を専門用語に転用して ’飛沫核から飛沫に至る大小のエアゾルによって3密等の一定条件下を前提として生ずる感染様式を言う’ 等の定義を新設したらどうだろうか。
 SARS以来、SARSやノロウイルスの時がそうであったが、空気感染するかもしれないとあいまいな表現が出ては消えていたが遂に上記のように明確に言った研究者が現れた。そろそろ、従来の「飛沫感染」と「飛沫核感染(=空気感染)」に第3の概念の「準空気感染又はエアゾル感染」等を専門用語に追加してもよい時期に来ていると思う。

マスク関連の資料:
 1、Ability of fabric face mask materials to filter ultrafine particles at coughing velocity https://doi.org/doi:10.1136/bmjopen-2020-039424 (2020年10月)。マスクの素材による違いの文献は以前よりあるが最近、ウイルス粒子大の0.02~0.1μ粒子についてのデータも出た。布マスクでも一定の防御効果がある一方HEPAフィルターも完全ではないと疑問を投げかけているようだ。ウイルス感染を防御するためには種類の異なる方法の組み合わせが必要であることを示唆している。
 2、Professional and Home-Made Face Masks Reduce Exposure to Respiratory Infections among the General Population. (van der Sande M, Teunis P, Sabel R (2008) Professional and Home-Made Face Masks Reduce Exposure to Respiratory Infections among the General Population. PLoS ONE 3(7): e2618.
https://journals.plos.org/plosone/article/file?id=10.1371/journal.pone.0002618&type=printable(208年7月)。手作りマスク40%・サージカルマスク21%・N95マスク1%、までそれぞれウイルスが低下して防御するというオランダのデータ(粒子径20mμ~1μ)。
 3、Effectiveness of Face Masks in Preventing Airborne Transmission of SARS-CoV-2
https://doi.org/10.1128/mSphere.00637-20 (2020年9月)。日本の上記データ(粒子径5μ以下60%,5μ以上40%の粒子群)。
 4、COVID-19: WHY WE SHOULD ALL WEAR MASKS — THERE IS NEW SCIENTIFIC RATIONALE. 
 5、How far droplets can move in indoor environments--revisiting the Wells evaporation-falling curve https://doi.org/10.1111/j.1600-0668.2007.00469.x(2007年6月)。
 6、第10回 除染作業等に従事する労働者の放射線障害防止に関する専門家検討会資料 https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000028s6j.html(2012年4月20日)。
 7、http://ku-wab.asablo.jp/blog/2020/02/28/9218715 新型コロナウイルスでのマスク不足について。新型コロナウイルス生存期間。BSL-4。(本ブログ)。
 8、http://ku-wab.asablo.jp/blog/2020/03/19/9225922 検査方法の感度・特異度などの計算の仕方について(本ブログ)。

※2020/12/9追記
Size distribution of virus laden droplets from expiratory ejecta of infected subjects. Sci Rep 10, 21174 (2020). Anand,S., Mayya,Y.S. Nature > scientific reports> articles. Published03 December 2020. https://doi.org/10.1038/s41598-020-78110-x
新型コロナウイルス感染症は特殊な状況以外は空気感染は起きないともいう? ーー空気感染論議はまだまだ保留のようだ。

いずれにしてもこれまでの知見からは、相対的なマスクの効果は布マスクでも効果絶大ということになる。患者自身が付けることにより7割減少効果が出て、防御側が着けて5割減少効果、それだけでも0.3x0.5=0.15、1.5割まで減少効果が発揮される。ウイルス排出量が少ない患者であれば発症リスクが1/7まで低下するともいえる。ウイルス排出量の多い重症患者を扱う現場でなければ、互いにマスクをしていれば感染の心配はかなり解消する。

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