アナフィラキシーの診療の実際2021年02月24日

アナフィラキシーの診療の実際

 最近の新型コロナ流行で、アナフィラキシーという言葉もしばしば耳にするようになり、しかもボスミンは皮下注ではなく筋注が好ましいという論者もいるようでもっと大事な点を何故言わないのかと気になったので改めてまとめてみる。

 「アナフィラキシー」はアレルギー医にとっては従来より馴染みのある言葉であり疾患でもあった。
 実はこの「アナフィラキシー」の言葉の定義については、つい最近まではファジーな部分があったために、長い間アレルギー医はその言葉の使用法に困っていた。
 その発生メカニズムがIgEを主とするアレルギー反応によるものを従来より基本的に「アナフィラキシー」と呼称していた一方で、実は同じ病態で非免疫学的なメカニズムでも起き得ることも以前から分かっていた。しかもその証明は必ずしも容易ではなかったからである。

 そのために「アナフィラキシー」と断定し難い場合は実臨床では「アナフィラキシー様反応」とか「アナフィラキシーと思われる」、等と表現していた。これは我が国だけではなかったので、2011年になりWAO(世界アレルギー機構)が世界共通の概念を提唱した。
 これ以降、免疫学的機序に依るか依らないかに関わらず、症候が一定の診断基準に該当した場合は全て「アナフィラキシー」と表現できるようになった。即ち「アラフィラキシー様」などと言う必要がなくなった。詳細は下記である。
 『World Allergy Organization Guidelines for the Assessmentand Management of Anaphylaxis(WAO Journal2011; 4:13–37)』、
 『World Allergy Organization Guidelines for the Assessment and Management of Anaphylaxisアナフィラキシーの評価および管理に関する 世界アレルギー機構ガイドライン(日本アレルギー学会 Anaphylaxis 対策特別委員会,アレルギー 62(11)1464―1500,2013.)https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/62/11/62_KJ00008987946/_pdf 』

 COVID-19ワクチンが実用段階に入り、ワクチン注射の際の稀な副作用のアナフィラキシーも巷の話題に登るようになった。
 今は医療も専門分化してきたためか、実臨床の場ではアナフィラキシーの専門家としては救急医の意見が前面に出てきている印象がある。新型コロナ感染症(COVID-19)の現場でも感染症医がその専門家として前面に出てきている。COVID-19の実臨床の手技上は呼吸管理が主となるので呼吸器科医が前面に出てきても良いとも思うがなぜか影が薄い。アナフィラキシーについてもなぜかアレルギーや免疫の専門家よりも感染症やワクチンの専門家の意見が前面に出ていて何となく解せないことも屡々感じることがある。感染症医は本来コンサルテーションの意味合いが主体での役割と思うのは自分だけであろうか。
 そして最近気になるようになったのがアナフィラキシー発生時の対応マニュアルについてである。

 アナフィラキシーショック時にはアドレナリン(ボスミン)注射は筋注(皮下注ではなく)が良いと殊更強調している専門家の論者が目に付くが、教科書的に勉強した専門医師の意見のような気がしている。不織布マスクか布マスクかでことさらその違いを強調しようとする論者に似ているようだ。マスクの場合もそうだがアナフィラキシーの場合も実際は筋注か皮下注かの違いはドングリの背比べで臨床的には大差なく、もっと大事な注意点がある。一回毎の注射量とその追加頻度への配慮である。筋注の方が吸収が良いからというが皮下注でも数秒でその効果は出る。差があっても数秒だ。そして代謝は速やかだ。そして1回量の影響も大きい。千倍液(1mg/ml)を1回に0.5ml皮下注するのと0.2mlずつ数秒ごと3回皮下注するのとではその効果は大きく異なる。後者の方が患者には優しい。0.5mlでも感受性が高く動悸で心臓が口から飛び出るようだと訴える患者もいれば0.5mlでも効果不十分な場合もある。尤も意識がないほど重篤であれば訴え自体がないし、1mlワンショット+後押しということも勿論あり得る。
 
 アナフィラキシーショックについては、かつては自分もアレルギー外来等で何度もアナフィラキシーショックを見て治療もしてきた。その頃は殆どが皮下注であった。基本的には皮下注でも筋注でも団栗の背比べでほぼ同じと今でも思っている。兎に角第一選択はアドレナリンである。ステロイドホルモンは細胞核内に取り込まれてタンパク合成が始まってから効果が発揮される故に5-6時間はかかるので後回しでよい。
 筋注か皮下注かの違いよりも大事なのは、一回の注射量と数分ごとの追加注射のタイミングや要否への配慮である。最近は医療界の巷では、対応マニュアルで筋注を強調する指導者もいるようで何となくやりにくくなったと感じているが、自分がかつて先輩医師のやり方をみていて成程と思った方法があった。常時行っていたわけではないが、この方法も捨てがたいと当時思っていたことは、”注射針を指したまま0.2mlずつ血圧等を見ながら数分ごとに追加する”という方法であった。人により状態によりアドレナリン感受性は違ってくる(アシドーシスでは低下すると言われていたなど)が、1回量はMAXの0.5mlより少ない方が無難であった。0.5mlでも動悸で心臓が口から飛び出そうだと訴えた患者もいた。点滴静注やワンショット静注の場合は、希釈割合、投与速度、ワンショット後押し、等の様々なやり方によりその効果が変わってくる。
 教条主義に陥りやすい ”ペニシリンショックにはボスミン半筒、君たち覚えておきなさい” とこれは50年くらい前の恩師教授の言葉であるがそれを基本に実臨床では細かい工夫をするのが現場の役割である。アナフィラキシーショックへの対応では、皮下注でもこれまで勿論亡くなった方は幸い一人もいなかった。

 医師になって2-3年の頃で40年以上前のことであるが、受け持ちの難治性喘息で入院中の方が夜苦しいと言ってナースステーションに吸入したいと歩いてきて着いた途端酸欠?で心停止になり倒れ、呼ばれて到着した時には既に同科の医師が多数集まって来ていて心肺蘇生をしてくれていた。幸い回復して意識が戻った。本当に有難たくその光景は今でも鮮明に覚えている。その数日後に学会出張して戻ってきたが、病棟ナースから担当医が帰ってくるまでは死ねないと本人が言っていたと聞かされ、実際その2-3週後に再発作で亡くなってしまった。その初回心肺蘇生時にはボスミンは心内注していたと思う。
 また別の同じ頃、アルバイト先病院で日中外来中にナースが誰か来てと叫んでいる声を聞いて1階から2階に飛び上がってみるとハンドネブライザーをどす黒い(強いチアノーゼ)口唇にくわえて意識消失してベッドサイドに倒れている患者に遭遇した。蘇生術を行って意識を取り戻したが急に苦しくなり手持ちのハンドネブライザーを使おうと思って加えた所までは覚えていると言っていた。普段から酸欠に慣れていると酸欠への耐容度合いが強く回復後の後遺症も出難いと実感した例であった。

 重症喘息発作は程度は様々で突然の急激発作で心停止に至るものから、意識は明瞭であるがだらだらと強い呼吸困難が遷延する難治性喘息まである。ステロイドの全身投与・β受容体agonist・テオフィリン系薬の投与法など各々に様々な効果と副作用防止の狭間の細かい工夫の中で匙加減がその効果を左右していたが、1990年頃から難吸収性持続性の吸入投与ステロイドが普及してきた頃よりそのような重症喘息は激減してきたように思う。
 時にアナフィラキシーや重症喘息発作を起こすアスピリン喘息(不耐症)は気管支喘息患者10人に1人位いるとされている。しかも服用でいつも悪化するとは限らずしかもその発作の強弱や病状はピンからキリまである。突然のアナフィラキシーショックから、風邪薬を飲んでもダラダラ治らないと訴える程度で軽いNSAIDs不耐症まである。ただ難治性喘息と異なり突然のアナフラキシーはアドレナリンが良く効く。

 難治性喘息についても追記しておく。
 日本呼吸器学会の「難治性喘息診断と治療の手引き2019」によればその定義は従来のアレルギー学会の定義からは全く隔絶している。しかも重症喘息と難治性喘息を混同している。その定義は明らかに退歩している。WHOが2010年に重症喘息を定義し、2014年にATS/ERSが同じく重症喘息の定義のガイドラインを出し、そしてJGL2018ではアレルギー学会も難治性喘息/重症喘息はほぼ同義としている。欧米の論調に弱いというか主体性がないというか情けない。
  難治性喘息はsteroid-dependentでありβ刺激剤に不応性であるが、重症喘息ではβ刺激剤に良く反応する場合もある。重なる部分はあるが別の概念であった。JGL2018では両者を混同させて敢えてあやふやにしている節がある。
 難治性喘息(昔はintractable asthma と言ったが最近JGL2018よりrefractory asthmaというようになったようだ。それまでは1975年以来の岩手医大の三井の定義が半世紀近く使われていた。最近の「難治性喘息診断と治療の手引き2019」を通覧する限り、昔のintractable asthmaの知見からは断絶している)はβ-recepter blockade theoryという考え方で実際にβ受容体作動効果が低下していてアドレナリンの効果は不良であったが、アスピリン喘息患者の突然のアナフィラキシーショックに対してはβ受容体効果は良好でアドレナリン注が速効し易かった。難治性喘息のsteroid-dependentのメカニズムが解決されたわけではないが何故かβ-recepter blockade theory/down-regulationの考え方は新ガイドラインでは消滅してしまったようだ。難治性喘息には発作強度・治療抵抗性・慢性持続性の概念がかつて区分されていたがその区分が無くなって戻ってしまったようだ。何かしっくりこない。

※ 最近は循環器内科領域で心疾患にβblockerを使う頻度が極めて多くなっている。気管支喘息には禁忌だ。β1選択的だと言ってぜんそく薬と併用されかねないので要注意だ。
  更に興味深いのは下記症例報告だ。βブロッカー内服中の患者のアナフィラキシーショックで、大量のアドレナリンでも効果不十分でグルカゴンでやっと効果が出て回復したとの貴重な症例報告である。 
 『β遮断薬内服中のため治療に難渋した造影剤アナフィラキシーショックによる心肺停止に対してグルカゴン投与で救命できた1例.  仙台市立病院医誌35, 62-65, 2015. https://hospital.city.sendai.jp/pdf/p062-065%2035.pdf 』
なお、アナフィラキシー発症の際、急性冠症候群〔=Kounis症候群という。Kounis症候群は(Ⅰ型(冠攣縮型)、Ⅱ型(血栓形成型)、Ⅲ型(留置ステント閉塞型)に分類〕も合併することがある。



2021/3/13 追記

〇(m3.com トップ>医療維新)
新型コロナワクチンでのアナフィラキシー、原因物質調査を。「10万人で17人」も精査の必要性、アレルギー疾患対策推進協議会。2021年3月10日 水谷悠(m3.com編集部)
https://www.m3.com/open/iryoIshin/article/889590/

〇(NHK NewsWeb 新型コロナ ワクチン(日本国内)
アナフィラキシーの疑い「重大な懸念認められず」 厚労省分析。2021年3月12日 19時34分。https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210312/k10012912261000.html
これまで18万人に新型コロナワクチン施行して36人のアナフィラキシーの報告があったが診断基準に該当する者はその一部(4割程度?)という。米国では「WAOの基準」より古い「ブライトン分類」で該当者を見ると日本とほぼ同じとのこと。日本では多いというニュースもあるが余り変わらないようだ。100万人に1-2人程度との通常ワクチンの割合からすれば確かに多いが。
 ブライトン分類は消化器症状をminor基準に入れているのがWAOとは違う。どちらの分類にしても重症度は確かに軽症から重症まで様々であるが、時々刻々変化するものであるので重症か非重症かで区別する意味がどこまであるかは疑問ではある。軽症と思っても経過と共に重症化していくものも現場では当然考慮に入れておかねばならず対応姿勢は対して変わらないからである。超重症は数秒で呼吸停止心停止にまで至る例を診てきたし、軽症は血圧低下もなく喘鳴もなく口腔浮腫感や全身発赤や嘔吐のみのこともあるが、それでも放置すれば悪化リスクは十分あるからである。
(アナフィラキシーのブライトン分類評価:厚労省資料)
https://www.mhlw.go.jp/stf2/shingi2/2r9852000000n6tv-att/2r9852000000n7l3.pdf


2021/4/17 追加

新型コロナワクチンのアナフィラキシーおよび世界アレルギー機構の声明文。

 新型コロナワクチンのアナフィラキシー判定においてはブライトン分類で云々される中で、世界アレルギー機構(WAO)や日本アレルギー学会はなんで黙っているのだろうと不満に思っていたら、既に昨年9月に声明文を公表していた。
Position Paper World allergy organization anaphylaxis guidance 2020
https://www.worldallergyorganizationjournal.org/action/showPdf?pii=S1939-4551%2820%2930375-6

 WAO2011、EAACI2013(ヨーロッパ)、AAA/ACAAI2010(アメリカ)、ASCIA2016(オーストラリア)、NIAID2006(アメリカ国立アレルギー感染症研究所)、WHO ICD-11 2019(世界保健機構)との定義の比較も載せていて、最新の考え方の共有が必要だと言っていた。ブライトン分類と同じようなGrade1~5の分類を追加していて、Grade1,2はアナフィラキシーではないとしている。


2021/4/27 下記追加

〇International Consensus (ICON): allergic reactions to vaccines
https://waojournal.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40413-016-0120-5 (2016年)
 ワクチン注射の副反応等については、世界アレルギー機構(WAO)・欧州アレルギー免疫学会(EAACI)・米国アレルギー免疫喘息学会(AAAAI/ACAAI)の合同委員会でアレルギー学者・免疫学者・ワクチン学者の総意で、アナフィラキシーの定義・アレルギー反応の考え方・因果関係の扱い方・アレルギー既往歴とワクチン注射対応の仕方等についてコンセンサスを得た、とした声明文が2016年に既に出ている。

〇 ・COVID-19 vaccine-associated anaphylaxis: A statement of the World Allergy Organization Anaphylaxis Committee World Allergy Organization Journal Volume 14, Issue 2, February 2021. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1939455121000119
  ・EAACI statement on the diagnosis, management and prevention of severe allergic reactions to COVID‐19 vaccines EAACI POSITION PAPER 16 January 2021.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/all.14739
 WAO、EAACIのどちらの声明文も本年はじめ2021年1~2月に出ていて、新型コロナワクチンは強い副反応があってもワクチン注射を推奨すべきであると言っている。


※ WAOのアナフィラキシー基準については、Grade 3については2016年以来基準に入れるかどうかの多少の意見の違いはあったようだが、2020年時点のこの声明文ではアナフィラキシーに入れている。即ち気管支攣縮があれば重度でなくとも(軽度でも)アナフィラキシーに入れる、ということである(通常の気管支喘息発作との鑑別診断の配慮が必要であるが)。 
 〇 Position Paper World allergy organization anaphylaxis guidance 2020
https://www.worldallergyorganizationjournal.org/action/showPdf?pii=S1939-4551%2820%2930375-6

※ アナフィラキシーショックのアドレナリン注射は皮下注より筋注が推奨されるという理由: 下記の論文でその理由を言っている。8歳前後の子供のデータである。
 〇Epinephrine absorption in children with a history of anaphylaxis 
J Allergy Clin Immunol 1998 Jan;101(1 Pt 1):33-7. doi: 10.1016/S0091-6749(98)70190-3.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9449498/
筋注に比べて皮下注では吸収のバラツキが大きく血中濃度がmax に達するのに5~120分と9人の中での差が大きすぎるとのデータ。一方筋注は8±2分で8人中6人は5分以内でmaxに達したといっている。血中濃度の時系列表を見るとどちらも5分に第一のピークがありピーク値は倍の差がある。皮下注はピークが2つあり第二のピークが120分以後にもある。脈拍数の最初のピークは両者共に5分にある。皮下注の脈拍数のピークは3時間後でもダラダラと増加している。代謝がこんなに長引くのは考え難く内因性のアドレナリンも関与していると考えた方がよい。そして臨床現場での大人に1回0.5mg皮下注より0.2mgずつ10秒毎に3回皮下注する時の方が体に優しい反応であることを考えると、血中濃度の問題だけでなくアドレナリンの神経反射効果も加わっていると思われる。この論文の解釈には専門家も間違って捉えている方もいるようだ、内因性のアドレナリンと外因性との区別が出来ていないのを考慮していない。
 アナフィラキシーショックの緊急性を考えると、皮下注か筋注かに拘るよりも1回の注射の効果を見ながら次の追加注射のタイミングを見極めることの方がはるかに大事であることが分かる。その上で筋注を第1・皮下注を第2とする程度でよい。
   特に最近の高齢者へのβblockade薬の使用頻度の日常化は(超高齢社会に伴って慢性心不全も日常化しているので止むを得ないと思うが)、初回注射の効果を見て次の追加が必須になるのではないかとも思う。そして巷では気管支喘息の持病を持っている方にも同薬の処方を見かけることがあるのも要注意である。50年以上前にβblocker点眼薬での喘息死の裁判例を知っているDrが今何人いるだろうか?