棺の中に顔を入れてCO2中毒死2023年09月28日

H25年の退官講演で使った写真
2023/9/27 アサブロ

CO2中毒・災害が相変わらず出没しているので、纏めるつもりで調べてみた。

死亡事故も ひつぎの中に顔を入れる→即時に意識消失 “二酸化炭素中毒”のリスクYAHOO!news 2023.9.24. https://news.yahoo.co.jp/articles/dbf152b6c5c4f70b936ae3c7de682f5ee24e6068 。

国民生活センターの発表①では3例の死亡者がいたとして令和5年9月21日付けで急性炭酸ガス(CO2)中毒の危険性について注意喚起している。調べていく中でCO2中毒は酸欠と世間や行政は混同誤解しているのではないかとの苦言ともいえる意見の資料も目に入った⑤⑫。
高濃度のCO2の場合は、1回でも深呼吸した場合は、あれっ?と思った途端一瞬で体が動かなくなり数秒で意識もなくなり、そのままでいれば酸欠で死亡するといわれている。その基準は濃度30%以上であるという①(②では25%以上を数回呼吸した場合となっている)。この一瞬の変化は単なる酸欠では説明できないのは明らかである⑤。Hypoxic Pulmonary Vasoconstrictionは昔から言われている事実であるがこれも何らかの関係があるものと思われる③。
自覚症状に異変を感じて30分以内に自力で脱出できるCO2限界濃度は4%だという①。
また労働作業場の労働短期暴露限界値は1.5%(即ち15000ppm、大気の正常値は0.04%=400ppm)だという②。
犬の実験では80%CO2/20%O2吸入で1分で呼吸停止・10分で心停止し、死因は酸欠ではないとしている(④の考察)。Mechanismは尚不詳の点があるようだ⑤。
 CO2中毒・災害にまつわる事例は相変わらず無くならず国の対策に不満を表明している文献もあり、単なる酸欠とは次元が違うということは各種の動物の安楽死にも使われている状況を見ればわかるはず(例えば鳥インフルエンザ防疫対策での家禽大量処分・豚の屠殺前の意識消失)と言っている⑤。
CO2ガスは大気と比べて重い。平均29に対してCO2≒44なので約1.5倍重いので空気が澱んで無風であれば下方に溜まる。従って立っている人間が大丈夫で犬が死んだ例があると聞いたこともある。マンホールや古井戸の中は空気がよどんでいる場合は要注意である。空気の澱んだ古井戸は要注意と10年前の退官講演で使った拙い絵を思い出した(図A)。かつてアフリカではある住民約1800人がほぼ全滅したという例もあった⑦。CO2は過換気症候群のように足りなくてもダメ、過剰でもダメで、適度なCO2こそが人だけでなく大部分の生命にとって不可欠なのである。

動脈血ガス分析ではPaCO2≒40Torr(mmHg)が正常値だが、正常からの急性上昇悪化と慢性からの急性上昇悪化では病状は全く異なる。CO2中毒でも急性ではPaCO2≒70-80Torrで意識消失するが、慢性の場合は馴化してPaCO2≒150-200Torrになっても傾民状態ではあるが呼びかければ返事をすることもある。もちろん回復してから尋ねると本人は全く覚えていない。放置すれば呼吸中枢は高CO2によって麻痺し徐々にではあるがやがて呼吸停止する。過換気症候群などでPaCO2が低下し過ぎて酷い場合は意識障害やけいれんも出ることがある。ゆっくり浅く呼吸するようにと説得してもできないからこその病気なのである。私は5%CO2ボンベを急患室に置いておき使っていた(大気中CO2濃度は0.04%、呼気中3%、細胞培養では5%CO2ボンベが使われていた=37℃湿度飽和状態ではCO2分圧36Torr)。深く速く呼吸してもかえって病状は早く回復するから便利であった。
酸素(O2)の場合は主な問題は酸欠即ち低PaO2であるが高すぎて酸素中毒というものもある。高圧酸素療法だけでなく平圧でも人工呼吸器を装着している場合は勿論配慮する。目安は、100%O2設定では24hrs以上は続けない・濃度は50%以下にするように努力する等である。しかしPaO2≧40を保てなければ組織障害が出るのでやむを得ず50%以上を続けざるを得ない場合も重症時には勿論ある。
酸素欠乏悪化即ち低PaO2による臓器障害は秒分単位で危機進行する一方、慢性高CO2血症の急性増悪の場合は数日単位での進行が普通であるのでその緊急度も違ってくる。従って救急車の場合はCO2ナルコーシスを避けるべくO2流量調節を気にし過ぎるとより危険な低酸素を招きかねないので要注意である。即ち取り敢えずはO2高流量でも差しつかえないのである。
病態の低O2、高CO2が慢性化すれば馴化して酸欠には強くなり、急性CO2中毒とはその病態も違ってくる。
慢性高CO2血症の急性増悪時には呼吸中枢は抑制されるので慢性低O2血症増悪を伴うのが普通である。この場合はPaO2≦40Torrでもすぐには死なないがいずれ必ず酸欠による臓器障害が出てくる。慢性呼吸不全の定義の一つはPaO2≦60Torrである。慢性馴化して酸欠に強くなったとはいえ、さらに悪化すれば酸欠下で細胞が生き機能する限界値がありそれがPaO2=40Torr(目安)であり、長引けば多臓器不全に必ず陥る。
かつて延命治療を拒否して慢性呼吸不全の病状悪化でいよいよ多臓器不全となり今夜が山という段になってどうにかしてくれと妻にすがられて今更遅いとはなったが同僚とも相談して処置中の死亡も覚悟で人工透析・人工呼吸器等処置を行ったことがある。幸い回復したが次はもういいと本人が言って自宅で亡くなった方がいた。病院の往診制度はなかったが一部のスタッフに文句を言われながらも往診で看取った。GOT/GPTは数千、血中Crは10以上、BUN100以上の多臓器不全であり処置中に呼吸も止まったが呼吸管理して処置後は正常化してそののち数年生きた。もちろん在宅酸素療法は続けた。

 エベレスト山頂の気圧は228Torr(mmHg)である(1気圧=760Torr)。(2009年に山頂付近で実測した報告がNEJMになされた。8400m地点、気圧272Torr、酸素分圧56.8Torrで10人の登山家22~28才の平均値は動脈血ガス分析PaO2=24.6Torrだったという。計算上はゼロ?)エべレスト山頂の酸素分圧は228x0.209=47.7Torrである。37℃飽和蒸気圧47Torrなので上気道内酸素分圧は37.8Torrである。肺胞に至るまでは混合気で希釈されるので計算上は肺胞内推定不可ゼロである。高地順応したとしても朦朧状態のまま一定の時間内に戻らなければ死が待っている状況なので、無酸素登頂など狂気の沙汰であるが実現する人がいるので絶句するしかない。臨床でも低酸素に強い場合は一時的にチアノーゼ・心停止しても目の前で直ちに処置できれば後遺症なく回復する慢性重症喘息を経験して人間の生命力には想像を絶するものが有り得ることを否定せず受け止めるしかないと思っている。今回の新型コロナ感染症でもhappy hypoxiaで知られるごとく自分で気が付いたときは既に遅く死の淵に立っていたという病状もあるのである。かつて粟粒結核でhypoxiaが有るにも関わらず自覚症状を欠いた例を経験したことがあるが呼吸困難という自覚症状とPaO2は必ずしも並行せずその関係は不明な点が今なお残っている。同じことは心機能と息切れとの関係でもある。TMETを行っていて本人は大丈夫と言っているにもかかわらず顔面は蒼白で脈泊数上昇が止まってしまっているため直ぐ中止してバイパス術で事なきを得た例もあった。偏狭な医学理論では説明できないことが臨床現場ではよくある。
 だから高濃度CO2を吸入して、あっ!と気付いた時には既に遅く自力脱出不能に陥っていることも、何となく理解し得るのである。


これまでの主なCO2ガス中毒による死亡例を挙げてみる:
・1984年アフリカのマヌーン湖で住民37人が死亡⑦。
・1986年アフリカの二オス湖の村で約1800人の住民や家畜・昆虫等ほぼ全滅し、死体に蠅も止まらなかったという⑦。
・1997年八甲田山の田代平で訓練中の自衛隊員12人のうち3人が死亡、火山性CO2ガス濃度15-20%だった。火山性ガスによる死亡例はSO2やH2Sが多いがCO2ガスでも起きうる⑧。
・1999年10月兵庫医大病院でCO2ボンベ誤用事故で患者死亡⑫。
・2019年天然炭酸水の井戸に転落して2人死亡、原因は不詳のようだがCO2中毒が係わっているのは否定できない⑩。この点は⑤⑫等の行政への苦言ともいえる提言を大いに参考にすべきと思う。
・2002年ドライアイス貯蔵庫内で作業中に1名死亡④。
・2008年8月公立八女総合病院でCO2ボンベ誤用事故で2名死亡⑫。
・2011年7月神戸市の医療センターでCO2ボンベ誤用事故で患者死亡⑫。
・2020年2月沖縄県の自宅で棺桶内に顔を入れた状態で発見されて死亡①。
・2020年12月名古屋市の立体駐車場内でCO2消火設備の誤操作でCO2中毒で1名死亡⑥。

・2021年1月東京都港区の地下1階駐車場内でCO2消火設備の誤操作でCO2中毒で2名死亡⑥。
・2021年3月宮城県の葬儀場で棺桶内に顔を入れた状態で発見されて死亡①。
・2021年4月東京都新宿区の地下1階駐車場内でCO2消火設備が作動して作業員4名死亡⑥。
・2021年5月宮城県の葬儀場で棺桶の小窓のそばで倒れていたのを発見1名死亡①。
・ビール工場内でビール貯蔵庫からビールが大量に流出し、その処理中に1名死亡、CO2中毒+酸欠+溺死の判定。


以下参考資料:
①棺内のドライアイスによる二酸化炭素中毒に注意2023年9月21日独立行政法人国民生活センター https://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20230921_1.html 。 https://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20230921_1.pdf 。
②二酸化炭素(CO2)国際火山災害健康リスク評価ネットワーク(International Volcanic Health Hazard Network; IVHHN) http://www.ivhhn.jp/2018/information/information-different-volcanic-gases/carbon-dioxide.html 。
③Hypoxic Pulmonary Vasoconstriction Chest. 2017 Jan; 151(1): 181–192. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5310129/
④症例 ドライアイスによる急性二酸化炭素中毒の1例 関西医科大学滝井病院高度救命救急センター平成19年6月11日 日職災医誌,55:229─231,2007 http://www.jsomt.jp/journal/pdf/055050229.pdf
⑤特別寄稿: 厚労省も陥ったか,ヒューマンエラーと二酸化炭素中毒にまつわる謎 (続) 二酸化炭素 (炭酸ガス) を不活性気体と見るのは危険ではないか 佐藤 暢,飯野守男「麻酔・集中治療とテクノロジー 2017」鳥取大学医学部社会医学講座法医学分野 2018年2 月10日 https://jsta.net/pic/magic-2.pdf 。
⑥【災害事例】二酸化炭素(炭酸ガス)*放出事故が頻発!一般社団法人東京技能者協会 https://www.tokyotsa.com/file/65_saigai.pdf 。
⑦ニオス湖 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%82%B9%E6%B9%96 。
⑧防災メモ 気象庁 https://www.data.jma.go.jp/vois/data/tokyo/STOCK/monthly_v-act_doc/sendai/02m06/200_02m06memo.pdf 。
⑨上水道配管工事における酸素欠乏症 職場の安全サイト厚生労働省 https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/SAI_DET.aspx?joho_no=001013 。
⑩天然炭酸水の井戸に2人転落、死亡 酸素薄く意識失う?2019年8月15日朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASM8H3HWCM8HUGTB002.html 。
⑪労働災害事例 職場の安全サイト 厚生労働省 https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/SAI_DET.aspx?joho_no=000841 。
⑫二酸化炭素ボンベ誤用事故 (6)―特に書き残しておきたいこと―鳥取大学 佐藤暢 麻酔・集中治療とテクノロジー 2018 https://jsta.net/pic/sato-6.pdf 。



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2023/10/2追加
すみません、訂正と追加です。
【1】上記の訂正:エベレストでの血ガス測定データ(NEJM)の原文を読んだら、
・10人の内訳は28-48才となっていた。そして8400mでの平均はその内の4人の平均であった。
・この論文のエベレスト山頂8848mの気圧は253mmHgとなっていた。天候によって25-26mmHg変動するとのことなので228mmHgは変動範囲内ではある。
・A-aDO2の平均5.3mmHgでこの論文では高いとなっていたがこれは正常値ではないのか?定評ある医学雑誌なので何か理由があるのか自分の判断は保留。
・最近は専門家でも慣習的にPIO2をPiO2と書いているがこの論文はPIO2と正確に記載していた。IやAは体外・iやaは体内、と定義されていたはずだが今は曖昧になっている。
( Arterial Blood Gases and Oxygen Content in Climbers on Mount Everest N Engl J Med 2009; 360:140-149 DOI: 10.1056/NEJMoa0801581 https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa0801581 。)
【2】急性CO2中毒死で気になることは、
・心停止していないのになぜ同じような意識消失になるのか?
・VT等の心停止の時は屡々けいれん(硬直性けいれん)を伴うのにCO2中毒死事例集でけいれんの記載がないのは何故なのか(救急の現場では初めてのけいれんを見たらまず脳性てんかんよりもまず心拍確認が常識のはず)。
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(アサブロのみに、さらに追加)
S氏:
確かに棺の中はドライアイスでCO2濃度が上がっているけれど、CO2濃度が即失神するほど高いわけはないと思う。これは低酸素で失神するので、酸欠でしょう。

私:
それが大部分の世間の教科書的な観念(医師や医療行政官も含む)だと思いますので、従って一部専門家の苦言も出てくるのだと思います。失神という表現は不適切と自分では思っています。一瞬で体が動かなくなり、数秒で意識消失も起こるようです(これは脳の酸欠??)。意識のあるその数秒は本人は何が起こったかわからない。動物実験では1分で意識消失とも言っていますが経験してみなければわかりません。臨床現場では、心臓のVTでけいれんと共に意識消失し(数秒内)Cardioversionで回復した高齢者は何回か経験していますが、意識回復した時に本人に聞いてもキョトンとして全く覚えていません、記憶が飛んでいるのです。それもペースメーカー入れて後遺症なしで回復しています。慢性型重症気管支喘息で急激な発作でCyanosis+++で心停止?した患者も経験したことがありましたが(バイト先での外来中ナースの叫び声で数メートル先の病室へ跳んで行った)回復後本人に聞いたら”急に苦しくなったのでハンドネブライザーを口にしたまでは覚えているがその先はわからない”と言っていました。生きるか死ぬかはその時々のTPOで運と言うしかないと感じることが医療現場では日常的にありました。 

私:
例えば100%N2ガスを数回吸っても意識消失まではいかないと思いますが、CO2ガスは1回の深呼吸(あるいは数回の普通呼吸?)で体が動かなくなり数秒で意識消失ですよ。単なる酸欠でかたずけるわけにはいかないと思いませんか?

W氏:
身につまされる経験談ですねー
息子を亡くした時、介護士さんには感謝感謝でしたよ

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その後追加 私:
急性CO2中毒が単なる酸欠では説明できないと思われる点は、
・急激な心停止が先行しないにも関わらず心停止による脳の酸欠と似たような意識消失が数秒で発生する点がひとつ目。
・VT等による脳の酸欠による急激な意識消失はしばしばけいれん(硬直性けいれん)を伴いCardioversionで心拍再開して後遺症なく回復するが、急激なCO2中毒で死亡した事例集を見てもけいれんを伴っていたという記録が見られない。これも単なる循環障害による意識消失とは異なるという点が二つ目。
・救急の現場では初診でけいれん(硬直性けいれん)をみたらまず最初に鑑別しなければならないことは脳性の「てんかん」ではなく心性の「心拍停止の有無」チェックである、ということは常識のはず。そのけいれんがないのが3つ目。


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2023/10/6 追加

富士山より1000m以上高い山で生活している人たちが現にいる。人の低酸素への馴化能力には計り知れないものが今尚ある。
( 体感!グレートネイチャー 大遡行!ヤルツァンポ川〜聖地を生んだ大陸衝突〜 初回放送日: 2023年9月25日 https://www.nhk.jp/p/greatnature/ts/J8QQ63X7V1/episode/te/6QRJP2XMZK/ 。)

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