日本のワクチン医療行政は言っていることとやっていることが違う(日本のワクチン医療行政の矛盾の所在について) ― 2026年01月17日
つい最近、高齢者の肺炎球菌ワクチンは「筋注限定」のプレベナー20のみが補助対象に替わった。従来の「筋注ないし皮下注」と添付文書がなっていたPPSV23(ニューモバックスNP)は補助対象から外れた。抑々日本のワクチン行政はこの十数年ワクチン行政は有識者の大声に倣って西欧標準の筋注限定に変わってきていた。
これは新型コロナウイルス感染症のワクチン接種の時にもいやっというほど感じていたことだけれども、何も米国CDCの言うことをそのまま鵜呑みにすることはない。日本は日本の実情を踏まえた上でワクチン医療行政を行うべきだと思う。新型コロナワクチン開始の頃は筋注限定で皮下注ではダメだとの大合唱の中、実体験で高齢者施設入所者をエコー検査で調べた時は約1/3が筋委縮のために皮下注しか医学的には不適応だった。
高齢者こそワクチンをすべきだと宣伝する一方で筋注限定を強調することは言っていることとやっていることが矛盾しているではないか、と当時は困惑した。その後見做し筋注も可と公知しているようだとの判断でいたが、新型コロナ発生して7年経った今でも筋注限定のワクチン行政には拍車がかかってきている。ワクチン診療専門家もワクチン行政担当者も日本の後期高齢者相の現場を知らないのである。これ以上は長くなるので後で別記したいと思う(なお小児の場合は筋注又は皮下注可でむしろ逆である)。
<〇高齢者の肺炎球菌ワクチン、65歳超への経過措置は設けず2025/12/22日経メディカル https://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/hotnews/int/202512/591525.html 。
〇第71回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会 議事録|厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_66358.html 。>
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2026/1/17 アサブロ
日本のワクチン医療行政の矛盾の所在について
良い悪いはさておいて、後期高齢者医療をどこまで行うべきかは西欧と日本とは少なくとも現実は違っている。日本の後期高齢者の実相は暦年齢に関係なく様々で、所謂終末期(人生の最終段階)で片足棺桶に入っている方もあれば90歳過ぎてもピンピン中年と変わりないように見える方もいる。そのピンからキリまでの間は光のスペクトラム様で、一律な線は引きがたい連続性の所謂グラデーション状態である。そして介護が必要になった後期高齢者の所謂るい痩者でもそれなりに元気な方もいるし、更に食べられなくなったから人生の終末期と一律に判断し難い方もいる。ここではそのキリに当たる方々を念頭に置いて述べるがそれもグラデーション状態である。日本は超高齢者社会のトップランナーのためか、そのキリへの対応が西欧とは異なっているのである。
要介護者の実相もグラデーション状態で、キリのキリへの対応でも実際の現場感覚として言うと、脱水を避けるためのdry-side管理を行えば極端なことを言えば半年も1年も長生きする場合もあるし、1ケ月点滴だけで過ごしていてもある時突然再び食べ始めるようになることさえある後期高齢者を、どこまで治療管理を行えばよいのかを常に自問自答しながら行っているのが日本の医療介護の現場である。要するに人生の最終段階になりかつ逆戻りしなくなる時点(誰でも必ずある時点)がどの時点なのかの判定を慮ることの大事さに苦労するのである。
そういう現実の中で穏やかに亡くなっていく高齢者は痩せて枯れ木のようになっていく方もいるので、当然ながら全身筋肉も萎縮していく。それ故決して終末期ではなくてもワクチン筋注の不適応の方も出てくるのである。
実際日本のインフルエンザワクチン(Adjuvant非含有)は添付文書上で用法が皮下注になっているので、本人や家族の希望があれば行えているが問題は生じていないし、ワクチン注自体が医学的に不適応と判断する場合は特殊な場合に限られている。これが新型コロナワクチンのように筋注に限定されると医学的に不適応と判断せざるを得ない場合が更に少なからず出てくる。
表記に述べた通り肺炎球菌ワクチンの補助対象がプレベナー20に変更になった。このワクチンはAdjuvant含有で高齢者は筋注限定であるし、補助対象は小児と高齢者限定である。添付文書の用法が小児と高齢者が逆になり高齢者の用法は「皮下注又は筋注」となれば問題ないのだがその逆故に物申すなのである。
ワクチン注射を筋注に限定したら出来ない高齢者が少なからずいることを有識者は御存知なのだろうか、それとも元気高齢者だけで良いと考えているのだろうか。ワクチン行政で高齢者こそワクチンすべきと一方で勧めながら高齢者を筋注限定にするのはそう考えない限り矛盾しているのである。
以下は抑々新型コロナウイルスワクチン始まりの頃からの困惑の経過を述べる。
新型コロナウイルス感染症では高齢者こそワクチンをとのキャッチフレーズで当時ワクチン注射が始まったが、有識者が筋注限定をあまりにも強調するがために、現実と矛盾しているではないかとの疑問と共に、筋注できなければ皮下注でも良いではないかと気楽に捉えられる雰囲気が当時全く失せてしまった。副反応がどこまで心配すべきかが不詳だったためである。新型コロナウイルス感染症発生期には日本の現状を見ずにWHOやCDCの言うことを鵜呑みにすることの愚かさを暗中模索の中で嫌っというほど味わった。
ワクチンは新型コロナウイルスワクチンに限らず、インフルエンザワクチン等従来の不活化抗原ワクチンについても高齢者こそワクチンをとの合唱は今もなおある、いやむしろ強調されてきている。私は反ワクチン派ではないが、感染症医をはじめとした有識者(学会や日本医師会等)があまりにも欧米に倣えと筋注にすべきと強調していることに違和感を感じてきた。欧米とは違い、日本には筋注できない程に(皮下注になって仕舞う)るい痩高齢者が高齢者施設には少なからずいるのである。
皮下注は免疫効果もなく副反応も強いからダメだとの思わせぶりな論調も目立つ。そんなに皮下注ではダメなのか、筋注から差別すべきなのか、と医療界の風潮に対して逆らって、改めて纏めてみる。
そもそもワクチン効果は「皮内注射>皮下注射≒筋肉注射」であるとの考え方は50年前からあり、それは今でも変わってはいないと思っている。当時は抗原提示細胞(APC)という概念はなかったが今ではAPCは最も皮内に多く次に皮下・筋注と言うのは医学会の誰も異論のないことと思われる。事実、⑪⑫の論文のように皮内注射の有用性の論文へのコメントに50年前に既に行っているよとするコメントが出ても来るのである。
勿論抗原により筋注の方が免疫効果に有意差がある場合も多々ある事は否定しないがそれは皮下注という手技を否定して捨て去ることにはつながらない。臨床現場に社会実装できるかどうかの要因の方が圧倒的に大事だ。それは皮内注射が最も免疫効果が高いにもかかわらず手技上の難点ゆえに社会実装できないことを見れば分かると思う(と言うより今後新たなデバイスで皮内投与ワクチンが出来てくるかもしれない①~⑩)。なお経鼻粘膜ワクチンの発想も50年前からあったが実用化せず50年を経て今フルミスト🄬が実用化されたのには驚いた。
感染症専門家等が一律に挙げる引用表現があるが、一例として
「Q20. ワクチンは筋肉注射でないと意味がないのでしょうか。筋肉が萎縮している人にはどのように接種したらいいでしょうか。
回答
A:COVID-19ワクチンが筋肉注射となっているのは、皮下と比較して筋肉内に血流が豊富で免疫細胞も多く分布しているため、注射されたワクチン成分を免疫細胞が捉えてSARS-CoV-2特異タンパクが生成されやすいからです1)。ワクチンの筋肉注射は、上腕の三角筋に接種することを推奨されていますが、何らかの理由で三角筋に接種が困難な場合は、下腿の外側広筋(大腿部の外側の筋肉)に注射することが勧められています2)。
1)Zeng C, et al. Formulation and Delivery Technologies for mRNA Vaccines. Curr Top Microbiol Immunol 2020. doi: 10.1007/82_2020_217. PMID: 32483657
2) Vaccine administration: needle gauge and length (Centers for Disease Control and Prevention)
https://www.cdc.gov/vaccines/hcp/admin/downloads/vaccine-administration-needle-length.pdf
(回答日:2021/3/16)。」
というのがある(資料⑭)。
根拠の1)を調べてみるとこれは総説で、あらゆる投与経路についての概説であり、皮下注を一方的に否定しているものではなく効果も副反応も投与経路ごとの特徴がありそうだと述べているだけとしか自分には捉えられない。2)はCDCの米国向けといって良いようなもので、彼らは肥満で皮下脂肪が厚いので筋肉まで達するように注射針の長さを考慮しなさいと実務指導書のようなものとしか自分には捉えられない。日本ではむしろ骨に当たったり滑液のう胞に入ったりするのを気を付けましょうとした方が適切なもので視点が抑々違うのである。
従来の蛋白抗原ワクチンと違い、新型コロナウイルスワクチンはmRNAを抗原とする新規のワクチンであり未知の点が多い故に様々な憶測の中で社会導入された。
海外由来の不活化ワクチンは従来より筋肉注射が普通であり、この新型コロナワクチンも海外産なのでその添付文書が筋注限定であるのは仕方ないとしても、問題は日本国内の日本医師会をはじめ医療専門家たちがこぞって皮下注と筋注とは天と地ほどに違うとの大合唱には大変驚いた。これは間違って皮下注になって酷い副反応が出た場合には医師の責任問題になりかねない。医学的には「筋注できなければ皮下注でも良いではないか」とのsilent majorityの考え方で良いであろうとのそれまでの捉え方では医療行政上からは犯罪に結びつけられかねないと、思うようになった。新型コロナワクチン導入の初期の頃は副反応の程度について不祥な点が多々あったからである。
なぜ大勢を占める上記意見が多いのかについては、主に欧米のワクチンが筋注になっているという単純な理由のためだったとしか自分には捉えられない(但し欧米でも生ワクチンは皮下注)。そして一部の感染症専門医の大きな声に大勢が流されていったためとも思っている。
皮下注/筋注のどちらがより効果的であるかはワクチン抗原の種類によっても多少異なるとの前提は勿論あるとしても大同小異で大ざっぱにいって従来の蛋白抗原の場合の免疫効果は「皮内注射>皮下注射≒筋肉注射」であると今でも思っている。これは50年前に既に日本アレルギー学会等で討論になって決着がついていると認識していたからである(但しmRNAワクチンは新規のため不明な点が多い)。そしてAdjuvant含有にすれば免疫効果はあがるが副反応も強くなるということも当時から常識とされていて、これは今でも変わらない。
なぜ上記意見を気に懸けるかについては、法的責任問題が出た時にはワクチン添付文書記載に従わない場合は医学的に正当であっても添付文書に反したということで医療行政上冤罪に繋がりかねないからである。
(これはワクチン添付文書の用法が「皮下注ないし筋注」と記載されれば直ちに問題解決するのであるが、現在の日本の医療行政の流れが逆に筋注限定方向に流れてきているのが残念なのである。)
医療は社会の常識から外れてはならないという原則があるが、その社会の常識がずれていた場合は無視できない。インターネットのAIは間違っていることも多いが社会の世相認識や常識を反映する目安にはなり得る。
試しに検索で<ワクチン注射 筋注・皮下注 効果・副反応の違い>と入れてみると、いわゆる有識者が言っていることと同じようなことがずらりと出てくる。当り障りのない表現になってはいるが何か変なのである。直接責任が背負いかかる医療者にはそんな認識のズレがあっては困るのである。抑々免疫原性を高めることと血流に乗って全身に行き渡ることはイコールではない。血管に針が当たる心配がないと言いながら血流豊富と言うのも間違いではないが変である。
新型コロナワクチンの初期の頃に戻ると、
新型コロナワクチン注射が世界で初めて2020年末頃に導入され、日本でも2021年4月頃より高齢者優先でワクチン注射が始められた。しかしワクチン添付文書上では筋注に限定されており更に皮下注ではダメで筋注でなけれなならないとの意見が日本国内で圧倒的に流布されて感染症専門医や日本医師会でさえもそれも強調していた。そんなことを言っても日本の高齢者施設では筋肉が萎縮していて医学的には筋注不可の入所者がかなりいると思い、高齢者優先の考え方と矛盾しているではないかと考えて、当時入所施設で実際に筋委縮程度をエコー検査で確認した。入所者約100人の約1/3が医学的には筋注不可の結果が出たのには驚いた(施設毎の差も勿論大きいが)。従来の蛋白抗原ワクチンとは違うmRNAワクチンなので不詳な点が更に多かったが、従来の50年前からの医学的常識であったはずのワクチン効果は「皮内注射>皮下注射≒筋肉注射」であるとの考え方で対応すれば筋注できなければ皮下注でも良いとも受け取れたが、あまりにも感染症専門家を含む医療界全体?が筋注と皮下注は天と地ほどに免疫効果が違うと喧伝したので、“そんなことを言っても筋肉萎縮で筋注できない高齢者がいると自分なりに周りに情報発信したが力不足で反応がなかった。ある医療専門家団体の全国指導者レベルにこの件を話題に取り上げて頂いたが”どこかに筋注できる筋肉があるのではないか“との全体意見で相手にしてくれなかったと仲介者から申し訳ないとの返事を当時頂いた。有識者たちは何んと日本の現状を知らないのである。「心ここにあらざれば見れども見えず・・」なのである。ワクチン副反応で万万が一の訴訟になっても国を巻き込めるように、最終的には官邸にメールまでして「見做し筋注」を認めてくれなければワクチン注射できない高齢者がいると断っておいて、高齢者のご家族がワクチン希望しても医学的にできないとワクチン注射を初回はお断りした。その後、世間では「見做し筋注」しているのが明らかになってきたので2回目以降は厳密に捉えることを止めて見做し筋注も高齢者個々の状況で判断して受容するようにした(世間では高齢者のワクチン実施率90%などと言っていたからである)。
(※見做し筋注とは、医学的には皮下注になって仕舞うが医療面では問題ないと公知されていて筋注と見なしてワクチン注射を行うこと。そもそも欧米人にとって皮下脂肪が厚く筋肉まで注射針が届かないことは心配するが枯れ木のように痩せ細ろえて亡くなっていく高齢者が少なからずいるという日本の今の現状認識が有識者さえ出来ていないのである。)
手技上の違いの意味するもの
a:皮内注射
抗原提示細胞(APC)のうち最も強力なものは樹状細胞でありそれは真皮内に多く、皮下や筋肉内には少ないとされている。勿論皮下でも筋注でもワクチン抗原が注射されればその部位にAPC(樹状細胞・マクロファージ・単球・リンパ球等)が遊走して集まってくる。だから局所反応が出るのである。
事実皮内・皮下・筋肉を比べた場合は圧倒的に皮内注射が免疫効果が高いとされていてそれは50年前でも今でも変わらないのは前述のとおりである。問題は皮内注射が技術的に難しく広く社会に流布出来るものではないことである。そのために現実的な方法として皮下注や筋注が選択されているのである。例えば、皮内テストでは通常前腕屈側で行われ、PK反応テストは背部皮膚で行われる(今は行われない)。部位によって真皮の厚さは異なり前腕屈側では1mmに満たない。そこに皮内テストでは0.02ml、ツ反では0.1ml注入なので余程慣れなければ皮下に入ってしまう。皮下に入るのは注入液が拡散するのですぐ分かる。正確に皮内に薬液が入れば0.02mlでは約5mm径の膨疹、0.1mlでは工夫しながらでも10mm径が目安になる。それ以上の薬液注入は場所を変えなければ無理である。それゆえ巾広い普及は無理である。但し現在でも一部は特殊器具で皮内にBCGやサル痘等一部のみで行われている。
b:皮下注射
この手技は社会実装するには最も簡単で成人だけでなく超高齢者にも簡単に出来る主義である。皮膚をつまめば簡単に筋肉と分離区別出来るので慣れなくても出来る手技である。
c:筋肉注射
皮下注と比べれば配慮すべき点が多い。これは簡単とするDrもいるが、決してそうではないと思っている。今回の新型コロナワクチンでもSARVAや橈骨神経麻痺等のリスクが実際一部で生じている。血管に当たる心配はないとする専門家が多いがゼロではない。薬液注入前に陰圧で確認する必要がないというのはCDCの意見であるが、その新型コロナワクチンでは日本医師会も学会も陰圧不要が陰圧禁止に日本では刷りかえてしまった。自分では軽い陰圧をかけて念のために確認した方が良いと思って逆流確認をしていたが、何と何十回と行った新型コロナワクチン注射うち1回だけだがスムーズな血液逆流を経験して稀で驚くとともにその意を新たにしたことがあった。肩峰下滑液包に入ればスポーツ選手には致命的な副反応SARVAが出るが滑液包は肩峰下だけでなくあらゆる筋肉の下にもあるものである。日本人では肥満で注射針が筋肉まで届かないことを心配するよりも骨に当たってしまうことに要配慮であり、痛覚神経は骨にはなく表面の骨膜にはあるのみなので骨に当たったら2-3mm引けば良いのであるが骨膜に注入したら当然副反応は強いはずである。
(抑々、陰圧をかけない方が痛みが少ないとよく引用される根拠論文 https://doi.org/10.1136/adc.2007.118695 .
を読むとこれは乳児対象の論文で乳児の様子やVAS score等で比較した所、ゆっくり刺してゆっくり陰圧をかけてゆっくり抜くよりも、さっと刺してさっと抜いた方が実用的だと言っているだけであり、他要素の方が多く、陰圧をかけること自体には言及していない)。
d:皮内注射・皮下注射・筋肉注射の投与経路の違いによる各ワクチン免疫効果・副反応の異同
筋肉注射の方が圧倒的に副反応は少ないとする意見が多いが、皮下注・筋注の異同については資料⑱のデータを見れば、副反応の違いはドングリの背比べであることが一目瞭然である。筋注の方が副反応が少ないと論文考察で述べる例が多いことも欧米に阿ねているとしか捉えられない。海外はともかく日本発論文でも皮下注は時代遅れとさえ言い切る論文さえ出て来ているのは何をか言わんやである(⑯⑰)。免疫効果の違いは使用抗原により、Adjuvant有無の違い等で大きく異なる場合もあるので個別判断を無視できないのは確かである。
資料⑲はその新型コロナワクチン注射で困惑していた頃のブログである。随分控えめに書いてあった。
5、参考資料
① 【医療コラム】ワクチンの革新的投与経路「皮内投与」の知られざる魅力 -薬剤皮内投与の積もる話 2023.12.12 https://lab-brains.as-1.co.jp/for-biz/2023/12/57207/ 。
② 接種実技 2022年度予防接種基礎講座 @国立国際医療研究センター https://www.hosp.jihs.go.jp/isc/080/FY2022/11-1.pdf 。
③ WAM NET(福祉医療機構):皮内投与ワクチン。非常に薄い真皮に投与して免疫応答をさせることにより抗原量を減らすことができる。2008年1月にヨーロッパで承認。2009年米国申請予定・・2008/04/16 https://www.wam.go.jp/gyoseiShiryou-files/documents/2008/16933/20080416_1shiryouA_2.pdf 。
④ 皮内投与による局所および全身への薬物送達に関する研究(城西大学吉田大介平成20年9月30日) https://libir.josai.ac.jp/il/user_contents/02/G0000284repository/pdf/JOS-PhDZ52.pdf 。
⑤ 無針で皮内投与の新型コロナワクチンによる発症予防効果は7割弱 インドで開発されたワクチンの第3相臨床試験の中間解析の結果 2022/04/27 https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t344/202204/574746.html 。
⑥ 感染症予防対策に貢献する新規経皮ワクチン製剤の臨床研究 廣部祥子 大阪大学 2018 https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/69675/29918_Abstract.pdf 。
⑦ 「裸の mRNA」からなる安全な新型コロナウイルスワクチンの開発に成功 東京医科歯科大学他2024年3月28日 https://www.tmd.ac.jp/files/topics/61965_ext_04_29.pdf 。
⑧ “貼るワクチン”にマイクロニードルポンプを搭載~注射と同等以上の免疫効果を動物実験で確認~東北大学2022年9月6日 https://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv-press20220906_01web_vaccination.pdf 。
⑨ マイクロニードル技術による経皮ワクチンの開発Drug Delivery System 39-2,2024 https://www.jstage.jst.go.jp/article/dds/39/2/39_116/_pdf 。
⑩ 新規無針注入器によるDNA・蛋白質の皮内投与によるワクチン効果と遺伝子治療増強 東京医科大学2025-12-26 https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-22K12772/22K127722024jisseki/ 。
⑪ Dose sparing with intradermal injection of influenza vaccine. RT Kenney et al. N Engl J Med 2004 Nov 25;351(22):2295-2301. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15525714/ 。
<インフルエンザワクチンの皮内注と筋注を比較している。免疫効果は少量抗原の皮内注と通常量抗原の筋注とでほぼ同じなので不足ワクチン量の有効活用ができるとしている>
⑫ Immunologic reactions following the intradermal inoculation of influenza A and B vaccine TH Weller et al, Proc Soc Exp Biol Med 1948 Jan;67(1):96-101 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18902305/ 。
<⑪の論文に対して50年前に既に報告しているとコメント( https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJM200503103521019 )を入れて示したのがこの50年前の論文である。皮内注・皮下注の比較データ等を提示している。>
⑬ 新型インフルエンザワクチン「国内産・輸入ワクチンの有効性」(厚労省2010年2月10日版) https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/pdf/inful_100210a.pdf 。
<ここでは新型インフルエンザワクチン(2009年に発生したpdm09株)について説明している。この時は日本国内でもAdjuvant含有ワクチンも検討されたが上市されたのは非含有ワクチンだった。検討段階では皮下注・筋注の比較も行っている資料があるが副反応についての有意差は出ていない。毎年行われる国産の季節性インフルエンザワクチンはAdjuvant非含有である。>
⑭ 日本呼吸器学会Q&A:Q20. ワクチンは筋肉注射でないと意味がないのでしょうか。・・ https://www.jrs.or.jp/covid19/faq/vaccine/20210316104835.html 。
⑮ 新型コロナワクチンはなぜ筋肉注射なのか?紙谷聡 小児感染症専門医、ワクチン学研究者2021/2/21 https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/4fd0ad9a52f40ee6df22ebeb85177df4b271d9f5 。
⑯ Intramuscular vs. Subcutaneous: Rethinking Influenza Vaccination Strategy in Japan. Y Kaneda et al, JMA J 2023 Dec 11;7(1):111–113. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10834209/ 。
⑰ Subcutaneous vaccine administration – an outmoded practice. IF Cook, Hum Vaccin Immunother. 2020 Sep 29;17(5):1329–1341. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8086591/ 。
<米国では用法が筋注なのでそれをうっかり皮下注してしまった集団事例があり報告対象になり、CDCの見解は副反応・免疫効果共に問題はなかったとしているが(MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2006 Sep 22;55(37):1016-7 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16988640/ )、この⑰の論文はそのうっかり事例を指してだから全部用法を筋注にすれば間違わないのだと言い張り更に飛躍して皮下注は時代遅れと表現している。こんな論調は殆どナラティブなものである。見方によっては筋注限定にするとこのようなとんでも発言も出てくるし、日本も鵜呑みにする者が出てくる。⑮⑯⑰いずれもCOVID-19発生後の論文であるが統計的な僅かの差を以てワクチン皮下注を否定している。筋注できない人への視野がないのである。>
⑱ Immunogenicity of an inactivated adjuvanted whole-virion influenza A (H5N1, NIBRG-14) vaccine administered by intramuscular or subcutaneous injection. D Ikeno et al. Microbiol Immunol 2010; 54: 81–88. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1111/j.1348-0421.2009.00191.x 。
<2009年に新型インフルエンザH1N1pdm09株が新規流行した時に日本で上市されたのはAdjuvant非含有のワクチン(⑬)であったが、治験段階では致死率の極めて高い新型鳥インフルエンザH5N1ワクチンのphase Ⅰ治験も行っていた。Adjuvant含有のH5N1ワクチンであり日本で作成し治験して結果も報告されていた。そのデータがこの⑱で報告されている。日本人の若い健常者の局所疼痛頻度は(筋注35%、皮下注37%)、局所発赤(筋注25%、皮下注67%)、局所腫脹(筋注7%、皮下注23%)、局所硬結(筋注2%、皮下注3%)、全身症状発熱(筋注8%、皮下注8%)、全身倦怠(筋注20%、皮下注30%)、頭痛(筋注18%、皮下注17%)、である。皮下注・筋注の副反応の違いが大同小異であることが分る。全身症状も両者で変わらない。腫脹や発赤が皮下注の方が多いのは、筋注か皮下注の違いなのか深さの違いなのか、の理由については不詳である。免疫原性については確かに筋注優位になっているが人によるバラツキが大きい。>
⑲ ワクチン注射は皮下注か筋注か、で気になったのでちょっと一言 2020年11月11日 https://ku-wab.asablo.jp/blog/2020/11/11/9315455 。
<Covid-19ワクチン初期の頃の暗中模索の中で、過去に言及していた⑱についてのブログである。>
肺ラ音の命名ルールの共有について ― 2025年11月16日
肺の聴診音の表現について医師の相互共有が曖昧だった故に確認してみた。ラ音の分類と命名法、日本語・英語・ドイツ語の相互共有の統一は既に決まっていたと思っていた。
改めてその根拠をインターネットで調べてみたけれど見つからなかった。確か肺ラ音の命名については、過去に既に決まっていたはずであると思っていた。
私の頃は医療用語はドイツ語が中心であり英語等との語義同一性が混乱していた時期であり、英語等との共通理解が無かった。そのため肺音の相互理解の国際シンポジウムが当時開かれて日本からは当時三上理一郎先生が出席していた(1987年?)。その論文がどこかにある筈と思いインターネットで探してみた。しかし多くの論文がヒットするにも係らず肝心の国際的意志統一の根拠を示す論文を見つける事が出来なかった。記憶を辿って探したら手持ちの資料の中にあった論文の写しが添付の画像である。この論文は当時の国際シンポジウムの議事録をもとに書かれたものである(Am Rev Respir Dis 1987; 136:1016)。最近は医療用語がもっぱら英語か日本語であるが、この論文には日本語・英語・ドイツ語・フランス語・スペイン語・ポルトガル語の語義共有が併記されてある。
〇DW Cugell. Lung sound nomenclature. Am Rev Respir Dis. 1987 Oct;136(4):1016. (doi: 10.1164/ajrccm/136.4.1016.) https://www.atsjournals.org/doi/epdf/10.1164/ajrccm/136.4.1016?role=tab 。
マイルド・サイコパスとはー(私たちの身近にいる人格障害) ― 2025年09月06日
(以前書いてもう少し掘り下げようと思って放置していたファイルに気が付いたので取り敢えず忘備録として載せておく。)
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(2025/6/30)マイルド・サイコパスとは
<私たちの身近にいる人格障害、「マイルド・サイコパス」水谷心療内科 水谷雅信 https://www.dr-mizutani.jp/dr_blog/psychopath/ 。>
このブログはサイコパスに係る診療現場での悩みを具体的に教えてくれている点で勉強になる(サイコパスPsychopathは精神病質者でサイコパシーpsychopathyは精神病質を表すという.。広義では精神病質は人格障害の他に統合失調症やうつ等も含むがここでは狭義の人格障害≒パーソナリティー障害を指しているようだ)。
“ ・・・「相手も人の子だからいつかはわかってもらえる」との切ない期待なのですが、サイコパスには全く伝わりません。サイコパスに対して自分の気持ちや考えを伝えても彼らの「認知的共感」だけが得られるだけで、それをかえって悪用されるばかりで、事態は悪化するばかりになります。ハラスメントやストーカー行為はより巧妙になり悪質化してしまいます。・・・ ” これはカールロジャース「2:7:1の法則」にも通ずることである。大部分のヒトは話せば相手も解るはずと思っているのではないだろうか。でも実際はいくら話しても徒労で理解してもらえないことはあり、その点で成程と思う。
でも待てよ、と思った。マイルドと付くと際限なくスペクトラムが広がってしまうリスクがあるし、単なるレッテル貼りに陥ってしまうリスクもあるし、特にステレオタイプの発想をし易いのがヒトなので、そのリスクは大丈夫なのかと逆に思ってしまうのは自分だけであろうか。
医療者としてはまず病気と正常は両極端で次元が異なるということをまず強調しておくべきである。その上での人格障害(サイコパス等)であり神経発達障害(ASD,ADHD,LD等)の捉え方である。特に若者がネガティブなレッテルを自らに貼ることがないように大人は気を配るべきである。
スペクトラムとは正常から極端な異常迄の連続的な捉え方なので、前向きに捉えて特徴を生かそうとポジティブに捉える分には問題ないがネガティブに捉えてしまうととんでもない方向にも行きかねないリスクもある。若者の自殺者が増えてきている現状と無関係ではないと思っている。
専門医視点なので単なるレッテル貼りや差別につながらないで欲しいとの前提でのご意見と思うので念のために調べてみた。このブログではそう言っているようにも思えるけれど、それでも注意しなさいと教えてくれている。医師にとってもそれを見極める能力は基本に備えるべきものなのについつい忘れてしまう。
同じものを見ていても心に映る心象世界は一人ひとり全て皆違うと言ったのは哲学者L.Wittgensteinであるが、「それでも話せば解る筈と思って切ない努力を重ねる」のが心ある普通のヒトである。
大部分はそうだとは思うけれど、そうでない場合も稀に例外があるので、それを見極めなさいと教えてくれている。かつての『他者の靴を履くーアナ―キック・エンパシーのすすめ』(ブレディみかこ著)や高尾美穂Drのカールロジャース「2:7:1の法則」を思い出した。
〇サイコパシー(Psychopathy、精神病質)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%97%85%E8%B3%AA 。
〇「精神病質者(サイコパス)とは」 日本医事新報No.4758 (2015年07月04日発行) P.68 https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=3772 。
(広義のサイコパス=精神病質者は人格障害の他に統合失調症やうつ病、双極性障害も含むが、狭義では人格障害≒パーソナリティー障害に限定して使われ易いという。反社会的かどうかについても含む場合と含まない場合があるという。
<なお、神経発達障害(ICD-11及びDSM-5、ASD・ADHD・LDなど)が先天性の脳発達障害と捉えられているのに対して、精神病質は後天性にも生ずるもので、全く違うという。>
最近、某感染症専門医に送った資料のメモ ― 2025年03月15日
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■■■■先生 御机下
■■先生へ最近のワクチン行政への助言のお願い、
突然のメールで失礼します。お願いがあってメールさせて頂きました。■■先生が不活化ワクチンは世界標準の筋注にすべきとのご意見は承知の上でのお願いです。先生のご指摘の通りに実際のワクチン行政が筋注に動いていることに対して一部危惧を感じている者ですが、御高名で発信力の強い先生故に是非高齢者施設の実態(医学的には筋注不可で医学的には皮下注になって仕舞う方「見做し筋注」が少なからずいるという実態)を知っておいて欲しいという思いからメール致します。(私は定年退職後に老健に勤務し、その最中にCOVID-19パンデミックを経験し、その老健も退職して今はアドバイザーとして週2日のみ関わっている78才内科医です。)
SARS-CoV-2ワクチンの導入初期の当時は副反応がどの程度出るのか不明であったために私の職場(■■:入所者100名)で筋注の可否をエコー検査でチェックした所入所者の約3割が医学的に筋注不可(エコー検査で明瞭に判定可能です。医療上は「見做し筋注」とも言える?)という結果でした。
免疫学で高名な専門家(■■■■教授)に当時お聞きした所では免疫効果は同じなので筋注できなければ皮下注すれば良いのではないかと気楽におっしゃっていましたが、私達現場の医師は添付文書に違反していないかどうかは診療上大事なポイントです。万が一ワクチン注射が原因で死亡して訴訟になれば裁判官や検事はその違反をつきかねないことは明白なので、施設での初回のSARS-CoV-2ワクチン注射の時はその3割の方は医学的に非適応との理由でワクチン注射を私はしませんでした。このことは全国老人保健施設協会(全老健)の■■■■■会議にも議題として取り上げて頂きましたが(幸い知人がその一人であったため)、出席者全員が “何処かに筋注できる筋肉があるのではないか“ との一同の意見でその知人からはお役に立てず申し訳ありませんでしたとのご返事でした。■■の指導者達さえ認識していないという現実がその時にはありました。
当時私は万が一を考えて「見做し筋注を認めてくれなければワクチン筋注できない高齢者がいると官邸にもメールした上で医学的に筋注不可の約3割の方には初回の新型コロナワクチン注射はしませんでした。勿論官邸からの返事はありませんでしたが最悪の場合を考えての行動でした。2回目3回目と高齢者のワクチン実施率が上がって90%位迄きたのを知り世間では皆、見做し筋注を行っているという実態を確信してそれからは実質医学的には皮下注であっても私も見做し筋注という名目でワクチン接種を行うようにしました(勿論衰弱しきった方は別の意味で非適応。なお日本製のインフルエンザワクチンは皮下注でかつアジュバント非含有で副反応も弱いので希望があれば気に病むことなく衰弱高齢者にも行えております)。
■■入所者と言っても施設毎にその廃用症候群のレベルは様々で、私たちは他の■■では受け入れられない方こそご家族のためには受け入れるべきだという方針で受け入れてきましたので普通の風邪合併でも死に直結するような方も少なからず入所しておりました。■■を運営しているDr達でさえも廃用症候群の筋委縮の実態と筋注・皮下注の法令上の違いは認識していないことの証左でした。
一方SARS-CoV-2ワクチンだけでなく、ここ数年の高齢者のワクチン行政は筋注限定に傾いていて昨年もPCV20が日本でも認可されましたがその添付文書には、小児は「皮下注ないし筋注/成人には筋注に限定」となっています。その状況については以前のPCV7から最新のPCV20に至るまで行政上の対応は同様でした。ワクチンの臨床試験自体が筋注のみで行っていますので添付文書記載の仕方も止むを得ないとも言えますが、それでは益々高齢化して医学的筋注ができなくなる高齢者が増えてくるという超高齢社会の現実から矛盾した行政対応になって仕舞うことは間違いありません。
免疫力の衰えた高齢者こそワクチン接種すべきだという一方で、高齢者のワクチンを筋注に限定するのは、超高齢社会のフロントランナーである日本の在り方としては矛盾している医療行政と言えます。
ワクチン認可のための治験が外国ではすべて筋注で、日本においては小児で少しの皮下注・筋注の比較試験があるのみで皮下注を許可していますので、ワクチン行政は実態の逆を走っているとも言えます。このままいけば超高齢射会のフロントランナーの日本の役割が世界に向けて果たせなくなるのではないでしょうか。高齢者にも適応になるワクチンの場合は試験の段階での皮下注・筋注の比較試験も併せて行い、ひいてはワクチンの添付文書の用法を高齢者も「皮下注ないし筋注」との融通ある表現に改めて頂けるようにワクチン行政を預かる方々にアドバイスして頂きたくお願い申し上げる次第です。
なお皮下注より筋注の方が副反応が少ないという筋注誘導への思惑が見え隠れする表現が専門家の間でもありますが、これも科学的な根拠に乏しい気がします。いくつかの治験データを見る限り有意差を認める副反応の違いはないようです。むしろアジュバントの違いや有無、そして筋注の方が深いので発赤や腫脹は目立ちにくいのが当たり前で局所疼痛という炎症効果の点では差がないということから見ても大きな差がないと取るのが順当ではないでしょうか(皮下注筋注の副反応比較資料は下記①②③)。
(長文で申し上げ失礼しました。)
①2022年6月23日Hidemasa Kuwabara免疫学の専門家が初めて、筋注・皮下注とで免疫効果は違わない・・・ https://www.facebook.com/hidemasa.kuwabara/posts/pfbid025WQuzhedNw96r7YAx4gKEAAcF18LYjVozfsiLfTc2Q8rhdNsvErG8M9peYsfyLWgl?__cft__[0]=AZWmHUwiYlqH1-EZowhecj4HcLYUOwLKJeku-cEFCN-MG36R995QWvu3HQSUY77NrAdsdKpMIOxqtYOZPQoDz8IYeldmk7fdOHSQnRUOOB9xq1lGdm9-WXfqxIsHZStl6iI&__tn__=%2CO%2CP-R 。
②審査結果報告書平成21年9月8日医薬食品局審査管理課(沈降7価肺炎球菌結合型ワクチン)安全性について局所反応全身反応p51-53. https://www.pmda.go.jp/drugs/2009/P200900053/53039600_22100AMX02255_A100_1.pdf 。
③審議結果報告書 令和6年3月4日 医薬局医薬品審査管理課(沈降20価肺炎球菌結合型ワクチン)7.2 国内第Ⅲ相試験p16-20. https://www.pmda.go.jp/drugs/2024/P20240327001/672212000_30600AMX00115_A100_2.pdf 。
ーーーー以上です。
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COVID-19ワクチンによる極々稀なアナフィラキシー併発症等(ATAK-complex)について ― 2025年02月28日
COVID-19ワクチンによる極々稀なアナフィラキシー併発症等(ATAK-complex)について
アナフィラキシー治療の第一選択はアドレナリンであることは誰も異論はないと思うけれども、アドレナリン自体がアナフィラキシーを誘発する場合も極々稀ながらあり得るという。
言われてみればアレルギー治療薬の副腎皮質ホルモン自体でアレルギー/アナフィラキシーを稀に起こし得ることは専門医であれば既知のことであるので驚くことではないかもしれない(主に含有安定剤として含まれるパラベンに依ることが多いがコハク酸塩自体が誘発する場合もある)。アドレナリン製剤の添付文書を見ると亜硫酸水素ナトリウム 0.5mg/ampleを含有と確かにある(⑦)。
しかし、米国接触皮膚炎協会(学会)がアドレナリン製剤に含まれる亜硫酸塩をアレルゲン・オブ・ザ・イヤーに指定したとなると気にしない訳にはいかない。あらゆる日常品に含まれ無害とされている亜硫酸塩にも注意すべきとの注意喚起の意味と思う(①②③④)。ATAK-complexもあるよと言われても時間を争うアナフィラキシーならば対応に逡巡している余裕はないので取り敢えず迷わずアドレナリン注する以外に選択肢はない。そして単純に器械的にこうすれば完璧だなどというものはなく、担当Drの心の内は悩みながらも迅速対応して反応を見て次の一手に対処する以外にはないのである。
COVID-19ワクチンによる急死例の原因も極めて稀ながら複数あり(それでもCOVID-19罹患よりは余程少ない)その原因の一つにアナフィラキシーがあるけれど、鑑別し難いいくつかが併発することにも注意すべきとATAK-complexとも表現されているようだ。通常のアナフィアキシーだけでなくアドレナリン誘発やたこつぼ心筋炎やKounis症候群が併発することも有り得ると言われては治療実践する立場としては益々悩まざるを得ないわけですが、推定死亡時体温46℃程の超高熱が出る死因もありその場合はAKAK-complexでも説明できないので更に別疾患と思われる(⑤⑥)。自分にはその超過換気症候群のような発熱原因現象を伴う場合は悪性症候群しか思い当たらない(⑧⑨)。今でも自分はそう思っている。
(資料)
① Covid-19ワクチン接種後のATAK複合体・・(ATAK Complex (Adrenaline, Takotsubo, Anaphylaxis, and Kounis Hypersensitivity-Associated Coronary Syndrome) after COVID-19 Vaccination and Review of the Literature . Vaccines 2023, 11(2), 322; https://doi.org/10.3390/vaccines11020322 ) https://bibgraph.hpcr.jp/abst/pubmed/36851200 。
② 亜硫酸塩に関するファクトシート(内閣府食品安全委員会資料2012年2月2日) https://www.fsc.go.jp/fsciis/foodSafetyMaterial/show/syu03520110208#:~:text=%E4%BA%9C%E7%A1%AB%E9%85%B8%E5%A1%A9%E3%81%AF%E5%AE%89%E5%85%A8%E3%81%8B,%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A8%E7%B5%90%E8%AB%96%E4%BB%98%E3%81%91%E3%81%9F%E3%80%82 。
③ 亜硫酸塩:2024年米国接触皮膚炎協会アレルゲン・オブ・ザ・イヤー(Sulfites: The 2024 American Contact Dermatitis Society Allergen of the Year) https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39787305/ 。
④ アレルギー性心筋梗塞のジレンマ:それはアナフィラキシーかエピネフリンか?(The allergic myocardial infarction dilemma: is it the anaphylaxis or the epinephrine?) https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33544285/ 。
⑤ Four cases of cytokine storm after COVID-19 vaccination: Case report Front Immunol. 2022 Aug 15:13:967226. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36045681/ .。
⑥ コロナワクチン接種後死亡剖検例報告 大学病院医療情報ネットワークセンター https://square.umin.ac.jp/~massie-tmd/nagao_masataka.html 。
<急死時の推定体温30~max46℃、これは通常のアナフィラキシーやKounis症候群では説明できない。>
⑦ 日本薬局方 アドレナリン注射液(ボスミン注1mgアンプル、第一三共kk)添付文書 https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00057227.pdf 。
<1アンプル中には亜硫酸水素ナトリウム 0.5mgを含有している。>
⑧ 愛西市ワクチン死亡の件 https://www.facebook.com/hidemasa.kuwabara/posts/pfbid031NzLc6LfbM2xpWSoMEG7KGmycCzeFkrGubosQDHv3AXQ4TqcHVWvHvfG7gxhJGnxl?__cft__[0]=AZX1HYN2kYpUlHUSD5_oP5tbaq7ARFoh_I2ZQBH7raJ5OCuGyH5QsdSk-jn5kXM0mOZXEqsBISO2V78kdm2wMLmhSr1IgPQn9SNMB8tBU__zMscw6NIJUFXY9JulmiDGaps0aHpS4xxTQFZk7jCa7uFYpUUdzQI_a3Alq0bLdN2nVw&__tn__=%2CO%2CP-R 。
⑨ オミクロン株BA.4/5ワクチン注射直後に急変した事例は悪性症候群? https://www.facebook.com/hidemasa.kuwabara/posts/pfbid02iE7SDPnmbH4RazBkpy2H1cYrDf61JtF3pU3GHd4quiJhmKxhhHBwcMxGhrM7P1tsl?__cft__[0]=AZWAgZ8D6zH4QErytUSC-JNldPj6pjPcDu7MBMo-mGYKEFFTrwjoCbr6jfD1wZ3uKnPO6Wtg079dYWI74is-oEKqh-uvpmcVa5cnVONix98y9pLU_ZDICuyGya3tLxgB4Ow&__tn__=%2CO%2CP-R 。
スピリチュアルということ ― 2025年02月16日
今や不治の病ではなくなった癌もかつては不治の病でその苦痛を表現するときに身体的・精神的・社会的苦痛の他にスピリチュアルな苦痛があるとされた。心の癒しだけではない、生きがいの本質を探るその解決策として 樋野興夫先生の始めた癌哲学外来や松本文男先生が始めた傾聴療法士養成等の試みがある。この両者共にヒトのこころを引きつけるのはその神髄にスピチュアリティの視点があるからだと思っている。
日本人は「こころ」という一語に幅広い意味を包含させてある時は浅くある時はとてつもなく深いスピリチュアルまでを含む意味をしのばせて使い、かつその使い方で深さの違いをかぎ分ける能力を備えていると思う。
しかし欧米では従来よりmentalとspiritualは分けて使っているという。石丸昌彦氏はかつてアメリカ留学時の1995年に長男の入園した幼稚園の園長先生が「皆さんはこれからお子さんたちが4つの面で日毎に成長していくのを楽しまれることでしょう。4つの面での成長、即ちphysical、mental、social and spiritual developmentです。」と挨拶していたと述べている(NHKテキストこころをよむ2024年7月-9月号,第12回9月22日放送)。WHOでも1999年にヒトの健康の定義にspiritualも含めることが話合われほぼ決定する寸前での総会で統一見解が得られずに頓挫してしまった。決まらなかった背景には捉え方が様々で特に宗教的背景が見え隠れすることを嫌ったり宗教と混同されたり代替医療が横行する危惧等への不審があったゆえに採決に至らなかったというのがその理由ではないかともいう。スピリチュアルの定義を限定しようとする論考はWHOも含めて少なからずあるようであるが未だに成功しているとは思えない。
Frailが適当な訳語が決まらずフレイルになったようにspiritualも適当な日本語訳が決まらずスピリチュアルに決まった経緯があったがもともとスピチチュアルは多義的がその本質かもしれない(frailの日本語訳が決まらなかった理由は別にある)。しかし高校保健体育の教科書には「生きがい」と表現されているというし、Spiritual painは生きがいの喪失と捉える方もいる。樋野興夫先生の癌哲学外来はまさにその生きがい喪失を取り戻すことに視点を置いた実演面接をしていた。その「生きがい」自体は個人ごとに異なっても良いし宗教色の有無も問わない。
前記の樋野興夫先生や松本文男先生の見定める先にはこの生きがいを見つける手助けがあり、樋野先生は「偉大なおせっかい」と表現していた。松本先生は全てのヒトが潜在能力を持っていると100%信頼していた。このご両人についてはかつて普及初期の頃に自分の病院でも講演を何回かお願いしたり定期的に実演開催したりしていた。そのスピリチュアルの捉え方はヒト毎に異なりその心象風景はヴィトゲンシュタイン(L.Wittgenstein,1889-1951)が言うようにヒトの数だけある。
上記の所謂通俗的なスピリチュアルとは別の側面であるのように見えるスピリチュアルの、その入口へのヒントを与えてくれるかもしれない著書に出会った。
そう言う自分も担癌生体のまま今10年になれども予想を超えて今尚元気である。癌もまた様々なのである。
(資料)
①がん哲学外来とは https://gantetsugaku.org/aboutus/ 。 https://www.yuumi.or.jp/wp-content/uploads/2022/06/booklet19.pdf 。 https://numata.hosp.go.jp/info/20160731.html 。
②傾聴療法士養成講座 NHK文化センター https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1245316.html 。
③WHO憲章における「健康」の定義の改正案のその後について(第52回WHO総会の結果)厚労省報道発表資料 https://www.mhlw.go.jp/www1/houdou/1110/h1026-1_6.html 。
④スピリチュアリティ『ウィキペディア(Wikipedia)』 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3 。
⑤スピリチュアル『ウィキペディア(Wikipedia)』 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AB 。
⑥スピリチュアリティとQOLの関係に関する理論的検討.真鍋顕久他著,名古屋女子大学紀要56(人・社)41〜52.2010. https://researchmap.jp/read0084617/published_papers/24440906 。
⑦『あの世とこの世の仕組み』三上直子著2021年 https://booklive.jp/product/index/title_id/1315836/vol_no/001 。
4年前の心を打つ不思議な短文 ― 2025年02月11日
もう4年前になるけれど折に触れ思い出し、何故その奥様は小生にあの時あの短文を手紙に添付してきたのだろうかと、今でも少しいぶかしくも不安にもなる文章だった。それとも生前患者さんから頂いたものなのだろうか。亡くなったご主人の机の中にあったという。そのDrは小生より5年先輩だった。そして添え書きもなく唐突に送ってくれたその奥様もDrだった。以下に忘備録として載せておく。
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2021/3/11 facebook ある介護老人の短文ー心の吐露
長らく疎遠でありましたが最近足利でいとこが亡くなり、遺族からご報告のお手紙を頂き、下記の詠み人しらずの短文が同封されていましたが妙に胸に刺さりました。
高齢者の医療介護業務に従事する者は、この様なお心を皆が奥に秘めているかもしれないことを忘れてはならないと訴えているような、自らを戒めてくれる言葉ではないかと思い紹介致します。以下がその短文
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君は老ひたる者の悲しみを知るまい。
歳老ひて生きつづけるとき
もはや 道化して過ごすしかないことを知るまい。
そして私も それを知らなかった。
思いもしないものによって
老人は 『老い』 という オリ につながれてゐる。
つなぐ側も つながれてゐる側も
つゆ それを知ることなく。
君は 老の悲しみを
知ってゐるか。
72歳女性 老人ホーム入所中 S.60年
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ーー以上です。
ビジョン・ビジョナリー 違い ― 2025年01月24日
今度の大阪大学総長は人徳のある方がなったらしいと聞きかじり調べてみたら、何とその選考会議の議長があの大波から生還した村木厚子氏だったと知り更に興味がわき、勉強のためと思い選考理由をチェックしてみた。15の共通評価指標が載っていたが、その一部にビジョナリー力と言うのがあり、ビジョンと言わずにビジョナリー力と表現した理由を知りたくて調べてみた。
ビジョンは単純に将来構想又はあるべき姿、ビジョナリーは先見の明をもって先導することを意味して革新的な実行力も伴うというニュアンスを含むという。初めてその違いを知った。
ビジョナリーの由来は『ビジョナリーカンパニー』ジム・コリンズ著山岡洋一訳1995年発行(原著「Built to Last: Successful Habits of Visionary Companies」1994年)、の中で定義付けられて以来定着した言葉であると言いその本は今では不朽のビジネス書になって続編も多く出ていると言う。ビジョナリー力とはこういうものかと勉強になった。Oxford dictionaryではvisionaryは意味が12種類あると書いてあった。Visionは更に曖昧模糊として幅が広すぎるようだ。しかし自分にとってビジョンは思い入れの深い言葉である。なぜなら使命や理念や運営哲学よりも上位概念としておいた方が分かり易いと自分なりにこれまで捕えてきたからである。
組織のマネジメントではビジョン・哲学・使命・理念・基本方針・コンセプト・モットー・社是・信条・パーパス・クレド・ポリシー・スローガン・行動指針・行動姿勢・戦略・戦術等様々な言葉が使われていた。組織マネジメントに理念は必須と言われているが、ビジョンやミッション(使命)との関係をどう位置付けるかは使う人によって未だにバラバラのようだ。 自分の位置付けは下記であった。自分なりに七転八倒して得た考え方である。
・ビジョン(Vision) → 哲学を超えると思われる理性的な人間の道しるべ(但し広義過ぎて使い方で理念の一部とみる捉え方も含まれる。)
・哲学(Philosophy) → 理性的な人間としての生き方の道しるべ
・使命(ミッションMission) → その社会※から期待され求められるべき客観的役割
・理念(Management philosophy) → 家訓(family rules)と同じレベルで組織毎に異なるのが当たり前の組織の主観的役割 (善悪を超えた宗教やイデオロギーは理念の範疇に入ると最近は思っている)
・行動指針(Management philosophy) → 行動の向かう方向の道しるべ(結果の方向性を示すベクトル)
・行動姿勢(Policy) → 行動の道しるべ(経過のあるべき姿の行動ベクトル)
・戦略(Strategy) → 中長期目標
・戦術(Tactics) → 年度目標等短期目標
※拠って立つ座標が同じ(同じ土俵)でなければ咬み合わない。
※※理念が使命から外れていれば反社会的になるので理念は使命と調和していなければならない。簡略な理念(基本方針)の具体的説明として行動指針と行動姿勢を添え理念とする。離職する理由の大部分は仲間同士の不和なので、最近は「話し合いの3原則」も必要であると思っている。
参考:
① 大阪大学次期総長予定者の決定について2024.11.29 ※選考理由 https://www.osaka-u.ac.jp/ja/news/topics/2024/11/29003 。
② 経営理念とは?実例から目的や作り方をわかりやすく解説(創業手帳)更新日:2024年3月29日 https://sogyotecho.jp/management-philosophy/ 。
③ ビジョン・戦略・戦術を理解することで成功へのステップが描ける2024 7/25(comodo) https://comodobiz.jp/2024/07/25/vision-strategy-2/ 。
④ 1000万部超の大ヒットは偶然の産物?『ビジョナリー・カンパニーZERO』(南龍太) https://www.flierinc.com/pickup/sp12 。
⑤1. ミッション基本編(事業計画情報) http://bplanhacks.com/mission/ 。
高度先進医療と社会インフラとしての医療の違い ― 2024年12月25日
高度先進医療と社会インフラとしての医療の違い
新型コロナの惨事の時には早くから医療・介護が社会インフラとして途切れさせてはいけないものとしてその重要性を国が認識主導したのでその点では現場の我々当事者にとっては逃げる気持を払拭し背水の陣の覚悟を敷けたので良かったと思っている。そのうちの医療にはそもそも2種類ある。
一つは選択と集中の企業理念に通じる側面を持つ高度先進医療であり、もう一つは社会インフラとしての医療である。華やかな先端医療に比べて社会インフラの医療は地味である。しかしそれが無くなると社会自体が成り立たなくなるという点で大事な医療でもある。
医師の働き方改革が唱えられてもう10年以上たった(①)が状況は変わらず、今でも下記のようなDrがいるからこそ、社会インフラとしての医療は成り立っている。エールを送り秘かにありがとうと言いたい。
< 地域情報(県別)地域ニュース 【群馬】みどり市唯一の分娩施設、年500件の分娩実施‐星野正道・岩宿クリニック院長に聞く◆Vol.1 周産期医療崩壊の危機に、実家の隣の土地が売りに出て開業決断 2024年12月20日 (金)配信m3.com地域版 https://www.m3.com/news/kisokoza/1247364?dcf_doctor=true&portalId=mailmag&mmp=MD241222&dcf_doctor=true&mc.l=1090921980 。>
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(以下は蛇足)
医師の働き方改革の始まりは梅村聡参議院議員が国会で医師も労働基準法を守るべきだと質問し、事もあろうに舛添要一厚労大臣が自分もそう思うと応答したのに始まったと思っている(②③)。たまたま当時それを見ていて “あーあ、とうとうパンドラの箱を開けてしまった” と居合わせた同僚と言ったのを覚えている。何と浅はかな(失礼)と思いながらも、もう後戻りはできないのは確かと複雑な感情に包まれたが現在に至るも未だに改革が成功したとはとても思えない。
企業も官も行政でさえも企業理念の選択と集中に浮かれていた頃でも、哲学者宇沢弘文氏は社会インフラとしての医療の大切さを理解できた数少ない有識者であった(④)。
(資料)
①厚生労働省ホーム > 政策について > 分野別の政策一覧 > 健康・医療 > 医療 > 医師の働き方改革 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/ishi-hatarakikata_34355.html 。
②第171回国会 参議院 厚生労働委員会 第8号 平成21年4月14日(発言No095梅村聡質問、096 舛添要一答弁) https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=117114260X00820090414&spkNum=75¤t=5 。
③パンドラの箱を開けるのは今―宿直問題は国民的議論の入口にすぎません!梅村聡(参議院議員)2009/05/11 https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/opinion/mric/200905/510465.html 。
④日本医師会 日医NEWS 第1012号(平成15年11月5日)オピニオン―各界有識者からの提言―ヒポクラテスの誓いと,社会的共通資本としての医療 宇沢弘文(日本学士院会員,東京大学名誉教授) https://www.med.or.jp/nichinews/n151105i.html 。
(以下追加分、時系列で其の他の関連事象を思いつくまま下記に列記してみた)
・1998年川崎協同病院事件がおきた。(しかし裁判では、本来の筋と混同され、裁判官の理解の限界が見えた事件であった)。
・1999年横浜市大附属病院患者取り違え事件(この頃より医師バッシングが始まった。今では診療援助の表現になったが当時はバイトと表現して厳禁と厳しく扱われ、まず麻酔科医確保が困難になって民間麻酔科医プールを持つ開業医からの派遣に頼る以外方法が無くなった。医師不足は麻酔医不足から始まっていたが、更に悪化し手術料収入が麻酔医手当で消えてしまうという珍現象が出現した時期でもあった。社会の専門医信仰故に手術には麻酔医が必須とされるようになっていた。それ以前は外科医が麻酔の研修もして麻酔医不足は目立たなかったが世情がそれを許さなくなった、専門医信仰の一端である。)。
・1999年東京都立広尾病院事件(最高裁が、医師法第21条の検案を「死体の外表を検査すること」との限定解釈を出した。以後これが法律上の異状死体の医師届出義務の定義となったが、実際の自治体の指導では毎年更新している厚労省死亡診断書記入マニュアルに基づき病死自然死以外はすべて外因死として警察への届出は今尚変わらず、現在でも相変わらず義務付けている。要するにH27年の医療事故報告制度施行後も肝心の問題は何も解決していないのである)。
・2002年~、ナンバー講座制から臓器別講座制へ(一人の患者が臓器別診療科に受診して回る専門医信仰の始まりで複合疾患が当たり前の患者にとっては個人医療費も倍増しても不満は出ていないしむしろ複数科受診を希望さえしている。内科も内科と言う科は無くなったと一部で揶揄されるようになった。2018年新専門医制度で正式に総合診療科が基本領域として設置されたが2024年の現在もそれは未だに定着していない。抑々病気を見て病人を見ないとの悪弊はそれ以前より既に医療界では戒められていたが公認されてしまうようになった)。
・2003年横浜市堀病院事件(警察の横暴と医師側からの反発が起きて、大きな社会問題になったが警察の捜査課長も厚労省看護課長も看護協会もルール通りと嘯き木で鼻を括る応答をしたのみであり、その後通知で条件付き許可は出たが既に遅しで以後お産難民が各地で発生するようになった)。
・2004年福島県立大野病院事件。(社会的医療と純粋医学的医療の判断は分ける必要があると自覚の有無に係りなく医師が実感するようになる頃でもあった。その医師の無罪判決が出たのは4年後であった。亡くなった妊婦に対して良かれと思って書いた県による公費出費理由が警察介入逮捕のきっかけになったと記憶している。)
・2004年~この頃より企業理念の「選択と集中」が国の政策にも取り入れられてきた。これは企業にこそ必要な理念と思われたが、何故か官と行政が社会インフラの医療システムにまで取り入れるようになって医療界も大きな流れに飲み込まれていった。例えば行政と大学が産科医や小児科医を僻地から引き剥がし中央に集めたこともあった。当然周辺小病院には医師がいなくなる。医師を初め医療資源が限られる中で医師余り・看護師余りの共通概念が逆回転し始めて不足に転じた頃でもあり、引き続く2006年の7:1導入は一気に看護師不足に拍車をかけた。それまでの医師抑制策が増加策に逆転したのも2008年だった。
・2006年 射水市民病院事件。(この事件以後、救急蘇生の現場が変わった。個人的には一時的にでも人工呼吸器を取り付けるべきではないかと思われる症例でさえ一旦装着すれば外せなくなるとして救急現場等で躊躇するようになったのである)
・2006年『医療崩壊: 「立ち去り型サボタージュ」とは何か』小松秀樹著が発刊された。(これがベストセラーとなる。世の中には優秀な人がいるものだと上手い表現に感心する中で、でも話せば分かるはずと自分は苦闘している中でこんなことでは医療が成り立たないと本省の訟務専門官にも聞きに言ったが全く得るものが無かった頃である)
・2006年の診療報酬改定で7対1看護体制が導入された。(当時の本省の看護課長自身があまりにも大きい影響にたじろいだが、厚労省から取り消されることなく条件を厳しくしながら今もなお存続している(国は一旦決めると戻せないという無謬主義の典型例であった)。当時東大病院が全国看護学校行脚をして一気に300人看護師採用したのはあまりにも有名である。当然ながら地方の病院の看護師余りはその年に一気に著明不足に逆転した。診療報酬上の7:1看護の発想の原点を遡ると『にわか役人奮闘記』を書き看護師余りの将来予測を先取りした久常節子元本省看護課長だった。)
・2006年8月奈良県大淀病院事件(32才妊婦たらい回し事件、脳出血で死亡。)
・2007年8月同じく奈良県たらい回し事件(今度は38才妊婦で救急車からの救急要請16回の末に死産、奈良県立医大病院は空きベッドがあったのに断ったとマスコミによる医療バッシングが行われ、その過程で全国の産科救急の過酷な実態が明らかになった。この年には11月にも札幌未熟児たらい回し事件が報道された。
しかしこの頃より逆にたらい回しが当たり前になり社会も専門医がいないのだからと容認に逆転してきた頃でもある。たらい回しこそ避けるべきであるとのそれまでの医師(医療界)の常識が、世間の専門医信仰と相まって覆されるようになったのである。萎縮医療・小間切れ医療を患者側も医療側も容認するようになった頃でもある。以来今に至るまで救急たらい回しがあっても世間もマスコミも専門医がいないので当たり前と受け入れている珍現象の不思議が続いている。)
・2007年日本学術会議が「公開シンポジウム「医療を崩壊させないために:医療システムのゆくえ」」を開催。(既に医療崩壊は生じていたのであるが、日本の有識者は何を考えているのかと思いつめ清水の舞台から飛び降りる位の覚悟で六本木に行ったが有識者のレベルはこんな程度のものだったのかとがっかりして帰った。以来日本学術会議には不信を持っている。)
・2007年12月28日厚労省通知が出る<医師及び医療関係職と事務職員等との間等での役割分担の推進について(通知)医政発第1228001号平成19年12月28日>。(よし、これで明日からは世の中が良い方に変わると希望を抱いた通知であったが、変わる兆しはその後も全く見えなかった。世の動きとはこういうものなのかとがっかりした出来事だった)。
・2008年 それまで医療費亡国論から始まり引き続く小泉内閣等の医師数抑制策が一転、舛添厚労大臣主導で医師増加策に逆転した。
・2008年専門医信仰の始まり(日本専門医制評価・認定機構が出来る)。(臓器別講座制が導入される以前より医師の役割は専門馬鹿になってはいけないと自浄作用が働いていたが、臓器別講座制が始まり社会的にも専門医信仰が助長されるようになり、縦割り専門医の弊害も既に指摘されているにも係らず現実は逆行しており、その後2018年に正式に総合診療科も創設されたが6年経っても旧態依然のままで細切れ医療が当たり前の世情になり現在に至っている)
・2008年都立墨東病院事件。(36才妊婦が脳出血で死亡、赤ちゃん無事、たらい回しの末に死亡したとマスコミによる病院バッシングがあったが気丈にも夫は「病院にはお世話になった、誰も責めるつもりはない、担当医は辞めないでいて欲しい」といったという。現場医療者にはせめてもの慰めにはなったと思われる。)
・2009年3月東京の恩賜財団愛育病院が労基署の指導を受け、それでは病院運営が遂行できないとして総合周産期母子医療センターの認定を返上した。
・2009年4月14日、国会質問に対して舛添厚労大臣が医師働き方改革の必要性に同意して労働基準法を守るべきと答弁して自らパンドラの箱を開けた。前年の2008年に舛添大臣によって医師増員に急転するまでは長らく医師余り看護師余りが疑うことなく予測されていて医学部定員制限や看護学校統廃合が実際行われていたのである。このパンドラの箱が開けられてからは更に医師不足・看護師不足の世相は専門医信仰と相まって坂道を転げ落ちるように一変して行った。今もなお混沌の状況から抜け出せてはいない。
手術で救える病院と救えない病院の違いとは? ― 2024年12月06日
手術で救える病院と救えない病院の違いとは?
(手術で救える病院と救えない病院の違いとは? 消化器外科のFTR率に焦点を当てた日本の研究から 2024年07月26日 https://medical-tribune.co.jp/rensai/2024/0726563759/ 。)
この情報は全ての専門医からは反論が出そうな論文であるがそんなことをよく言ったものだと拍手を送りたいと思う一方、詳しく調べようと思ってもいながら放置したままになっていたものである。
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今の世の中の医療はEBMに基づく考え方が正当なものだと捉えられている。しかしEBMとされる根拠の大部分は疫学的な論法によるものが殆どである。従ってその場合は統計学的には正しいとしても個々人の医療にそのまま当てはめようとする場合は落とし穴が存在するので注意せよということでもある。現場の医療はそれをわきまえた上で個々に適正な医療を行わなければならないのは周知の事である。
手術の腕も同様に術数件数が多ければ多い程手術成績も向上する、だから集約化すべきだとの方針で医療体制も構築されてきた。即ちある手術で100人行った医師と10人行った医師の腕を比べた場合100人行った医師の方が腕が上がる、との捉え方が正しいとされる。これは統計学的には正しいかもしれないが個々の医師に当てはめた場合は1例1例に込めた内容によっては10例行った医師の方が腕が良い場合もあるということでもある。
この論文の結論は、手術成績が良好な理由は大病院だからではなく、学会認定の有無でもなく、多職種がカンファレンスに参加しているからでもなかった。これまで大病院の方が成績が良いとか手術数が多い方が成績が良いとか、表面的に捉えられた理由のみが付けられて説明され、しかも実際それで医療政策も組み立てられてきた感があった。
今回の論文は、その考え方から、一歩踏み込んで、深く掘り下げられた論文である。しかもこの論文は日本の大学から提出されたものである。現在の日本の政策の流れに待ったをかけるような重要なデータではないかとも思った。この論文を論評したこの著者も立派である、そうも思った。
見方を変えれば、医療事故を専門医が行っても上手く行かなかったのだから仕方ないという専門故の単純な免罪符にしていけないということでもあり、常に専門でも非専門でも気になる点があれば常に検証が欠かせないということでもある。
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さらに話を広げれば報告すべき医療事故とは何ぞや、と言うことにも係る問題でもある。この論争は法医学会ガイドラインがH6年に発表されて以来H27年に一段落して医療事故調査制度が出来るまで喧々諤々と続いたのを覚えている。
医療過誤のない医療事故もあるし、知識や腕が未熟故の医療事故もあり得るし、どんなに腕が良くても100%上手く行くとは限らないし、これが医療である。あってはならないが有り得る宿命を背負っているという意味で航空機事故と医療事故は似ていると言われてきた。そのために医療事故に対しては責任追及よりも再発防止が優先される。これは理屈上は万人が認めることでもある。しかし現実の行政上運用になると立場立場で齟齬が生じてしまう。総論賛成・各論反対である。
医療に限らないことではあるが、犯罪性があればそれ相当のペナルティを個人に与えられるべきなのは当たり前である。しかし必要以上に医師個人への責任追及を行えばそれに対抗する防衛医療・萎縮医療に傾くのもこれまた当たり前のことである。そして防衛医療に傾けば傾くほど本来なら助けられるべき命も助けられなくなるということもこれまた当たり前の流れである。例えば90%助けられないとしても10%の可能性があれば手を出すかどうかはその防衛医療のレベルに依存する、勿論医師の独断ではなく本人や家族とのI.C.の上での場合である。
自分はかつて大手術を経験して幸い未だに生きているが、今の責任追及が厳しい時代で防衛医療・萎縮医療の中であればおそらく手術そのものの適応がないと諦められていた病気であった。そういう意味で危険を承知で手術して下さったDrには感謝しているし術前に駄目だったらそのまま閉じると言われてもそれは仕方ないと完全に俎上の鯉になることが出来ていたし複数の幸運が重なって今がある、と今でも思っている。
そもそも今の医療事故の報告制度・調査制度は21年以上前からの様々な議論の末にできたが、このH27年に出来た今の制度のその後の実態は却ってそれ以前より悪化ないし退歩していると最近は思っている。詳しく検討すべき責任の判断が各病院の院長に委ねられるようになったがその検証がなされていないと感ずる事例が複数でてきているからである。これは院長の責任と言うよりも係る担当行政者が院長の役割(予想できなかったとする根拠の施行規則3条件を確認していること)の実のある研修を怠っているからではないかと思っている。ましてや大学からの天下り院長など余程勉強しなければ理解の外で或るのが当たり前であるから院長個人にのみ責任を負わせるのは酷である。医師不足・医療崩壊を経てきたためか最近はマスコミも医療崩壊の過去に遠慮してか回りくどい言い方しかしていない。
新型コロナワクチン後の突然死の原因は複数あるが原因究明の解剖もしないと逆に遺族から訴えられている事例が2例あったし、名古屋セントラル病院の心カテ事例も然りである。これらが自然死で処理できるわけがない。先に記した如く医療事故は航空機事故に似てあってはならないけれども残念ながら有り得るという宿命を背負っているという意味で、医療事故もワクチン副反応も同じで責任追及ではなく再発防止こそが本質であるべきである。それが自然死扱いでは本末転倒である。その都度の検証と責任追及ではなく再発防止への途切れない努力とはとても言えない。
H6(1994)年異状死は何でも警察に届け出るようにとの日本法医学会異状死ガイドラインが発表された同じ頃多くの他学会からも賛成の意をもって同様のガイドラインが次々と発表されたがまもなく少なからぬ問題が内蔵されていることが解り、法医学会ガイドラインを除くすべての学会のガイドラインが取り下げられ法医学会ガイドラインのみ残存する中で、それ以来多くの議論が喧々諤々なされてきた。
厚労省見解が医師法21条は異状死ではなく異状死体を指すとの見解を出し一時は日本医師会初めとした多くの団体は矛を収めたと思われたが、厚労省が毎年更新している死亡診断書マニュアルの法医学会のガイドラインを参考にする様にとの数行の項目がH27年度版で削除されるまでは問題がなおくすぶっていた。
またH27年になりようやく医療法(法律)、その施行規則(省令)さらにその通知が出され(②)、医療事故調査制度が新たな出発を迎えて、問題は解消するかに思われた。しかしそれから今、はやくも9年経ったが最近感ずることは、医療事故報告もその調査の制度も返って改悪されてしまっているという印象を持つようになった。報告されるべきであろうと思われるものも報告されなくなり、厚労省の死亡診断書記入マニュアルは旧態依然で自然死以外は外因死(異状死)として警察が届出先になっているのである。報告先は第3者機関であるべきだとすべての関連団体がしていたにも係らずであるが、行政上は旧態依然として警察が届け先の変更はされていない。厚労省の死亡診断書記入マニュアルでは病死か自然死以外は外因死(事実上異状死)として警察に届出ることとの行政指導も実際している。之は旧態依然として変わっていないことを示している。即ち今は異状死(外因死)の届出は旧態依然の警察への届出と医療機能調査機構への届出との双方に届けなければならなくなっていて、手間が増えただけである。
現場のDrや病院管理者の気持ちを思うと異状死判断をして煩わしい手続きをしたくないのは分からないではないが、極めて稀な新型コロナワクチンの急死例が異状死でなく原因究明も不要とはとても思えない。
① 医療事故調査制度について 厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000061201.html 。
② 厚生労働省通知(医政発0508第1号平成27年5月8日) https://www.hospital.or.jp/pdf/15_20150508_01.pdf 。
③ 長文で失礼します。(愛西市ワクチン死亡の件)2024/6/3 facebook https://www.facebook.com/hidemasa.kuwabara/posts/pfbid0wdYjhJk6mkFB5LD3M3andEB2wxcSE3BEc3BzSXprhTDtSgxZG782kfp5bekEGHKEl?__cft__[0]=AZW76nxIXPrziaphFcTDygQzEA9dQd7cspueCqVO_0TWOFe6Cpx27F6mof3bez6i6ZFJF9TC9nlrn-FEt-Q5f6-jghphxFzlVDws_0thLX4kvU3TszeewCgnf8zxyyoUwsSLhknX_SyT5CSjkN7uUcrvEa9w2O1la79XwMppbwZUtA&__tn__=%2CO%2CP-R 。



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