NHKスペシャル「沖縄と核」 ― 2017年09月18日
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沖縄は返還前は核の島であったという。全くそんなことは知らずに1967年(昭和42年)友人と旅行に行った、無知であった。竹富島は当時天国のような所であった(理想の平和な島という意味で)。NHKスペシャル「沖縄と核」を見てショックを受けた。世間も大騒ぎをするであろうと考えていたが1週間経っても何も無かったかのように過ぎて行く。忘れてはならない事と考えて改めて関連事項を記録しておく。
・1945年(昭和20年)7月16日アメリカが初めての核実験。8月6日広島、8月9日長崎に世界で最初で最後の核爆弾の実戦使用が行われた。
・1949年8月29日ソ連が初めての核実験。
・1952年11月1日アメリカが水爆実験に成功。
・1953年1月20日アイゼンハワー大統領就任。
・1953年(昭和28年)アイゼンハワーはアメリカの核戦略展開で沖縄に核配備を決めた。その後沖縄返還までその数は漸増し返還前1967年には1300発まで貯蔵されていたという。沖縄本島の隣の伊江島でLABSの原爆投下訓練が行われていた。
・1954年3月1日、既にビキニ周辺で23回も原爆実験が行われていたというがこの時のアメリカ水爆実験で第5福竜丸が被爆、日本国内で初めて大きなニュースになり核持込み反対運動が拡がる。強制移住させられた島民は残留放射能で未だに戻れない。
・1955年国内への核爆弾オネストジョンの持込みが予定されていたが本土の反対運動で断念沖縄に配備したという。
・1955年11月22日ソ連初めての水爆実験。
・1957年スプートニク打ち上げ成功(ICBM技術確立)。
・1959年6月19日 原爆搭載ミサイルが誤発射した。幸い海に突っ込んで爆発せず、アメリカは極秘に回収していたという。
・1960年 日米安保条約(沖縄への核持込は事前協議の対象に該当しない、核持込みの黙認)。
・1961年10月30日50Mt水爆実験が北極海上空で行われた。衝撃波は地球を3周したという。この史上最大の水爆実験後開発者サハロフは核兵器反対を唱えるようになったという。
・1962年核ミサイルメースB沖縄に配備(広島型原発の70倍の威力のミサイル)。
・1962年(昭和37年)10月キューバ危機。アメリカはDEFCON2(核戦争準備、核戦争突入DEFUCON1の直前)に入った。韓国には原爆材料のプルトニウムを既に運んでいた。この時沖縄の米軍人は沖縄消滅を覚悟していたという。
・1965年1月15日人工湖造成目的で地下核実験が行われたが出来たソ連のチャガン湖は核汚染のために現在に至るまで使われていない。
・1969年佐藤・ニクソンが沖縄返還で合意その時核密約(緊急時には再び持込むため保存施設は使用可に維持しておくという)があったという。
1972年(昭和47年)沖縄返還。
現在は、
アメリカ国防省:沖縄における核兵器の有無については回答しない。
日本外務省:核密約は現在無効で非核3原則は堅持し如何なる場合もこれを拒否する。
両者の言い分は今なお異なっている。
沖縄は返還前は核の島であったという。全くそんなことは知らずに1967年(昭和42年)友人と旅行に行った、無知であった。竹富島は当時天国のような所であった(理想の平和な島という意味で)。NHKスペシャル「沖縄と核」を見てショックを受けた。世間も大騒ぎをするであろうと考えていたが1週間経っても何も無かったかのように過ぎて行く。忘れてはならない事と考えて改めて関連事項を記録しておく。
・1945年(昭和20年)7月16日アメリカが初めての核実験。8月6日広島、8月9日長崎に世界で最初で最後の核爆弾の実戦使用が行われた。
・1949年8月29日ソ連が初めての核実験。
・1952年11月1日アメリカが水爆実験に成功。
・1953年1月20日アイゼンハワー大統領就任。
・1953年(昭和28年)アイゼンハワーはアメリカの核戦略展開で沖縄に核配備を決めた。その後沖縄返還までその数は漸増し返還前1967年には1300発まで貯蔵されていたという。沖縄本島の隣の伊江島でLABSの原爆投下訓練が行われていた。
・1954年3月1日、既にビキニ周辺で23回も原爆実験が行われていたというがこの時のアメリカ水爆実験で第5福竜丸が被爆、日本国内で初めて大きなニュースになり核持込み反対運動が拡がる。強制移住させられた島民は残留放射能で未だに戻れない。
・1955年国内への核爆弾オネストジョンの持込みが予定されていたが本土の反対運動で断念沖縄に配備したという。
・1955年11月22日ソ連初めての水爆実験。
・1957年スプートニク打ち上げ成功(ICBM技術確立)。
・1959年6月19日 原爆搭載ミサイルが誤発射した。幸い海に突っ込んで爆発せず、アメリカは極秘に回収していたという。
・1960年 日米安保条約(沖縄への核持込は事前協議の対象に該当しない、核持込みの黙認)。
・1961年10月30日50Mt水爆実験が北極海上空で行われた。衝撃波は地球を3周したという。この史上最大の水爆実験後開発者サハロフは核兵器反対を唱えるようになったという。
・1962年核ミサイルメースB沖縄に配備(広島型原発の70倍の威力のミサイル)。
・1962年(昭和37年)10月キューバ危機。アメリカはDEFCON2(核戦争準備、核戦争突入DEFUCON1の直前)に入った。韓国には原爆材料のプルトニウムを既に運んでいた。この時沖縄の米軍人は沖縄消滅を覚悟していたという。
・1965年1月15日人工湖造成目的で地下核実験が行われたが出来たソ連のチャガン湖は核汚染のために現在に至るまで使われていない。
・1969年佐藤・ニクソンが沖縄返還で合意その時核密約(緊急時には再び持込むため保存施設は使用可に維持しておくという)があったという。
1972年(昭和47年)沖縄返還。
現在は、
アメリカ国防省:沖縄における核兵器の有無については回答しない。
日本外務省:核密約は現在無効で非核3原則は堅持し如何なる場合もこれを拒否する。
両者の言い分は今なお異なっている。
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